tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ベター・ハーフ』唯川恵

ベター・ハーフ (集英社文庫)

ベター・ハーフ (集英社文庫)


結婚とは? 夫婦とは? あるカップルの10年。
バブルの頃に結婚した永遠子と文彦。
派手な結婚式をあげたけれど、結婚生活は甘くはなかった。
不倫、リストラ、親の介護、お受験…それでも別れないのはなぜ?
結婚の実相を描く長編。

初めて唯川恵さんの作品を読んでみました。
少女小説出身の恋愛小説家という印象しかこれまで持っていなかったのですが、意外に(失礼)社会派なんですねぇ。
けっこう面白かったです。


バブルの絶頂期に華々しく結婚した文彦と永遠子。
ところが2人の甘い夢は結婚式の当日から狂い始めます。
2人がお互いに繰り返す浮気、不倫。
それに、リストラや親との同居問題や子育てなど、誰もがいつか直面する問題も次々に降りかかってきます。
独身の私からすると、「結婚って大変なんだなぁ」と他人事のような感想を抱くと同時に、「『恋人』はこうやって『夫婦』になっていくんだな」と妙に感心するところもありました。
一つの夫婦のあり方として非常に興味深く、解説の池上冬樹さんも、「現代の男女の愛や結婚を考えるなら、おそらく本書は最高のテキストとなるのではないか」と書かれていますが、私はこの作品を、唯川さんなりのジェンダー論として読みました。
今となっては多少状況は変わっているかもしれませんが、この作品で主人公夫婦が結婚したバブル景気の時代は、まだまだ「男性は外で働き、女性は家庭に入って家事と育児をする」という考え方が根強い頃でした。
文彦と永遠子も例外ではなく、この考え方に沿った生き方を選びます。
けれどもこの2人の「夫婦の危機」は、ほとんどがこうした男女の役割論にとらわれているがゆえに起こっているように見えます。
確かに2人とも浮気をしたり不倫をしたり風俗通いをしたり、と配偶者に対して不誠実なところがあるのですが、それは結婚前からのいわば「性癖」であって、2人の関係の危機を決定的にする要素にはなっていません。
物語の最後のほうで、2人は自分達をすれ違わせていたものの本当の正体に気付くのです。

 自分も永遠子も、結婚してから、結婚というひとつの決まった形の箱の中にいつも自分達を納めようとして来たように思う。たとえば「妻や子を養うのが男の甲斐性だ」という箱だ。たとえば「妻は家事や育児にいそしむべきだ」という箱だ。けれど結局は箱にちゃんと納まらず、どこかしらはみ出てしまう。はみだしたところは、互いの不満や愚痴の対象となる。永遠子は「甲斐性がない夫」と思い、文彦は「ぐうたらな妻」と思う。初めから箱なんて作らなければよかった。そうしたらはみ出すこともない。(p.336 l.16〜p.337 l.3)

「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という考え方が、結局は男女どちらをも苦しめている…ならば最初からそのような考え方をしないようにすればいい。
これは明らかに唯川さんが考える「ジェンダー論」でしょう。
さりげなくも、はっきりした主張が示されていると思いました。


また、本書のもう一つの面白さは時事ネタを絡めているところでしょうか。
日本全体が浮かれていたバブル時代から、バブル崩壊から始まる底の見えない大不況、阪神大震災地下鉄サリン事件、神戸連続児童殺傷事件…と連続する悲惨な災害・事件、そして2000年問題(これって今となっては笑い話ですよね…)まで。
なんだか流されるままに生きてきたけれど、こうして振り返ってみると実は私たち、けっこう大変な時代を生きてきたのかもしれない…などと思わされました。
これからもまだまだいろいろなことが世界で起こるでしょう。
その中で夫婦のあり方もきっと変わっていく。
もしかしたら結婚という制度そのものが全く変わってしまうかもしれません。
けれども一つだけ、どれだけ時代が変遷しようとも決して変わることがないのは、人間には男と女というふたつの性があって、惹かれあったり反発したりしながら、一緒に生きていかなければならないのだ、ということ。
それが、「男女はなぜ結婚するのか」という問いに対し、本書が最後に出したひとつの「答え」ではないでしょうか。
☆4つです。