tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『邪魔』奥田英朗

邪魔(上) (講談社文庫)

邪魔(上) (講談社文庫)


邪魔(下) (講談社文庫)

邪魔(下) (講談社文庫)


この小さな幸せは、誰にも壊させない
2002年版「このミステリーがすごい!」第2位
第4回大藪春彦賞受賞
及川恭子、34歳。
サラリーマンの夫、子供2人と東京郊外の建売り住宅に住む。
スーパーのパート歴1年。
平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。
恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。
日常に潜む悪夢、やりきれない思いを疾走するドラマに織りこんだ傑作。

私は奥田英朗さんのことを、直木賞作家であるということしか知りませんでした。
けれどもたまたまブックオフで上・下巻とも100円コーナーにあるのを見つけ、買ってみたのでした。
結果、これはものすごくお得な買い物だったと思います。
面白くて面白くて、途中でやめるのが大変でした。


平凡なパート主婦の恭子、交通事故で若くして妻を亡くした刑事の九野、夜の街を徘徊して喧嘩やオヤジ狩りに興ずる不良高校生の祐輔。
三者三様の人生は、さまざまな「邪魔」が入ることによって、ジェットコースターのように下り坂を駆け下りていきます。
3人は立場も年齢も性格もかなり違うのですが、危なっかしくってもろそうなところは同じ。
本の中へ、救いの手を差し伸べてあげたいような気分に何度もさせられました。
中でも地味でおとなしい主婦だったはずの恭子が、幸福を失う恐怖からどんどん堕ちていく姿がやりきれません。
ただ、生まれ変わったかのように市民運動に参加したり、汚い罵り言葉を口にしたりするようになっていく過程には、ある意味爽快感もありました。
だからかもしれませんが、ラストは救いようのない結末なのに後味の悪さはほとんどなく、読後感は悪くありません。
一方この爽快感と対称的なのが刑事・九野の追い詰められた姿。
九野が亡くなった愛妻のことを回想するシーンや、本当の親子以上の絆で結ばれている義母(亡くなった妻の母)との会話シーンなどは、この作品の中では数少ない心温まる場面なのですが、その一方でここにはあまりにも切なく残酷な伏線も張られています。
ミステリ的にはこの何気ないシーンに隠されていた「真相」に一番驚かされました。
事件自体は本当に他愛もないくだらない事件なのです。
手癖の悪い一人の男が、勤め先のお金を横領していたことがばれそうになり、発覚を恐れて会社に火をつけた。
凶悪な殺人犯でもなんでもない、ただの小心者が起こした単純明快な事件。
けれども、世間体だとか、人間関係だとか、企業と警察と暴力団との暗い結びつきだとか、警察組織の内部事情だとか、そうしたものがあちらこちらから「邪魔」をして、この取るに足らない事件を解決から遠ざけるのです。
馬鹿馬鹿しくて、やりきれない怒りも感じますが、人間のやることなすこと、みんなこんなふうに要らない「邪魔」によって、必要以上に物事がややこしくなっているのかもしれませんね。


上・下巻の2冊に分かれた、決して短くはない物語です。
ちょっと本棚の場所をとってしまうかもしれませんが、読んでみれば決して「邪魔」だなんて思えないでしょう。
☆5つ。
『最悪』も面白いらしいので、早速読んでみなくては!!