tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『誰か Somebody』宮部みゆき

誰か Somebody (カッパノベルス)

誰か Somebody (カッパノベルス)


財閥会長の運転手・梶田が事故死した。
遺された娘の相談役に指名され、彼の過去を探ることになった会長の婿・三郎は、梶田の人生をたどり直し、真相を探るが……!?
著者会心の現代ミステリー。

『模倣犯』以来久々の宮部さんの現代ミステリがノベルス化。
待ってました!!
ええ、まさに私が待ち望んでいたのはこんな作品だったのです。


『模倣犯』の持つ衝撃度に比べると、この作品は同じ「現代ミステリ」でも非常に地味です。
まず事件が地味。
主人公・杉村三郎が追いかけることになる事件は、自転車による轢き逃げ事故。
『模倣犯』の連続女性誘拐バラバラ殺人事件と比べると、かなりインパクトは弱いです。
けれど、見た目がどんなに地味でも、人が死んだ事件であるという事実に変わりはありません。
自転車に轢かれて亡くなった男性の過去を追い、その人生と人となりを浮かび上がらせることによって、宮部さんは「地味な」事件で尊い生命が奪われている現実があるということを、忘れっぽく無責任で無関心な世間に警告を与えたいという意図があったのではないでしょうか。
次に、探偵役が地味。
本作品の探偵役を務める杉村三郎は、特に何か才能があるわけでもなく、特別美形でもなく、強烈な個性があるわけでもなく、秘められた過去があるわけでもありません。
ただし、彼には最愛の妻と娘との幸せな家庭があります。
この「幸せであること」こそが、平凡なサラリーマンの(逆玉の輿に乗りはしましたが)唯一にして最強の武器なのでしょう。
守るべき大切な「誰か」のためにこそ、人は名探偵になれるのですね。


幅広いジャンルに渡る作品の中で、共通して宮部さんが描き出そうとしているのは、普通の人々の普通の幸せです。
宮部さんは時々その幸せを残酷に破壊してみせます。
時には痛くて辛くて怖くて目を背けたくなるけれど、その小さな幸せを守ろうと一生懸命に戦う人たちがいるから救われる。
そして、読者がそこから感じ取るのは、ささやかな幸せを壊す者に対する静かな、けれども確かな宮部さんの怒りです。
宮部作品が売れるのも、こうした作者の感情に、多くの人が共感を覚えるからなのでしょう。
『誰か』も地味ながらも確かに深い共感を得られる作品でした。
☆5つ。
宮部みゆき作品を読んでみたいけれど、いきなり『模倣犯』や『火車』はちょっと重すぎて…という人にぜひお薦めしたい作品です。