tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『赫い月照』谺健二

赫い月照 (光文社文庫)

赫い月照 (光文社文庫)


一体、あの事件は何だったのか?
少年の犯行の動機は?
時を経ても未だ解明されない「あの事件」の闇に著者が満を持して挑む、衝撃の書下ろしミステリイ
阪神大震災を描いた本格ミステリ『未明の悪夢』で鮎川哲也賞を受賞した著者が、満を持して「少年A事件」に挑む。
重厚かつ深遠。著者の最高傑作、ここに誕生!

阪神大震災のさなかに起こった連続殺人事件を描いた本格ミステリ『未明の悪夢』から始まった、私立探偵・有希真一と占い師・雪御所圭子のシリーズ第三作目です。
震災以後の神戸を題材にした作品を書いてきた谺さんが今回選んだ題材は、あの「酒鬼薔薇聖斗事件」でした。
酒鬼薔薇事件が起こる以前に、女子中学生3人が殺され、そのうちひとりは首を切断された状態で発見されるという事件が起こった。
そして、その事件の犯人として、中学生の少年が逮捕され、世間は大騒ぎとなる。
しかし時が経つにつれてその事件は人々の記憶から忘れ去られた。
そして神戸を大地震が襲い、その後神戸連続児童殺傷事件が起きて世間を震撼させる。
それから4年の月日が流れ、新たに「血飛沫零(ちしぶきれい)」を名乗る人物による猟奇的殺人事件が神戸で発生したのだった…。


なんと言うか…読んでいてとても疲れました。
探偵の視点、被害者の視点、犯人の視点…と視点が次々に変わるのでだんだん頭が混乱してくるのです。
しかも登場人物の一人が「酒鬼薔薇事件」の謎を解明するきっかけになればと書き始めた作中作「赫い月照」は、内容が荒唐無稽な上に文章自体が破綻していて非常に読みにくいのです。
けれども、面白くなかったというわけでは決してないんですよね。
むしろ、引き込まれて読んだといっていいと思います。
本を読むのは遅いほうである私*1が、京極堂シリーズ並みに分厚いこの本をちょうど1週間で読みきったわけですから。
酒鬼薔薇事件のことは別にして、ミステリとしてすごい作品だと思います。
この作品には数多くの謎が登場します。
昔、神戸に移住したあるイギリス人が関わった事件の謎。
雪御所圭子が少女時代に関わった事件の謎。
「血飛沫零」が起こす事件の謎。
作中作「赫い月照」の謎。
それらの謎がいつしか一つに絡み合って、最後にはすべての謎が論理的に解明されます。
これほど多くの謎をつめこんで内容が破綻することなく、全てにきちんと解決をつけるというのは、並みの作家にはできないことではないでしょうか。
細かいところを突けばいろいろおかしいところもあるのかもしれませんが、少なくとも私は見事だと感じました。


でも、謎がきれいに解けた後の爽快感が…ないのですよね。
それはやはりこの作品が酒鬼薔薇事件を扱っているからなのでしょう。
酒鬼薔薇事件以外にも、京都日野小児童殺害事件(「てるくはのる」事件)や、他の世界中の連続殺人事件を題材にしています。
本作品の中盤あたりは残酷な殺人描写の連続です。
正直言って読むのが辛く、何度か本を投げ出したくなりました。
けれども、これらの残虐な行為を、若干14歳の中学生の少年が実際にやったんですよね…。
その事実からは逃げられないし、目を背けてもいけないと思いました。
すべてのミステリ的な謎はきれいに解いて見せた作者ですが、酒鬼薔薇事件の謎はやはり謎のまま残ります。
少年Aはなぜ酒鬼薔薇聖斗になったのか。
なぜあのような残虐な行為をしたのか。
一応登場人物の口を借りて一つの解答は示されます。
「世間の闇」などといった抽象的なものや、生育環境や、「いのちの大切さ」を教えられない教育などに原因があるとする説よりは、私には納得のいく解答でした。
でも反発を覚える人もいるでしょう。
それが正しいかどうかは結局は分からないままです。
これからもこの謎は依然として謎のまま存在し続けるのかもしれません。
重要なことは、「忘れないようにする」ということなのでしょうね。
どんな事件や事故や災害も、風化させてはいけないのです。


ミステリとしても、酒鬼薔薇事件を考えるきっかけになる本としても、非常に完成度の高い作品だとは思うのですが、満点をつける気になれないのは、やはり結末が…引っかかるのですよねぇ。
途中の内容が十分残酷で重苦しいものだっただけに、最後くらいは救いが欲しかったのに。
ここまでやらんでもええやん…と思わずにはいられない結末に、しばらく呆然としてしまいました。
これってつまり、このシリーズはこの作品で完結したってことなんでしょうか。
う〜ん、ちょっと残念な気がします。
というわけでこの作品は☆4つ。
最後に、これからこの本を読む人に忠告を。
この本は、元気な時に読みましょうね!
精神的にも肉体的にも。

*1:というか単純に1日の読書時間が短いというのもあるのですが…