tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ラスト・ラヴ』玉岡かおる

ラスト・ラヴ

ラスト・ラヴ


思いのままに吹く風のように自由な医者タイガ、大きな愛情で優しくいたわってくれるダイチ。
一つを選ぶということは、一つをなくすということ。
2人の間でゆれる杏奈。
神戸とヒマラヤを舞台にした書き下ろし恋愛長編。

神戸生まれ、神戸育ちの主人公杏奈。
父は杏奈が生まれる前にヒマラヤの地で亡くなり、母はその後再婚。
その再婚相手の息子、すなわち杏奈にとっては義理の兄にあたるタイガと、恋に落ちる杏奈。
しかし2人が交際を始めようとしていたまさにその時、タイガの父が実は杏奈の父であり、2人には血のつながりがあるということが発覚する。
仕方なく杏奈の元を去っていくタイガ。
傷心の杏奈を癒したのは、もうひとりの義理の兄、ダイチだった…。


義理の兄妹同士の恋という、陳腐なものになってしまいかねない少女漫画的題材を、ヒマラヤの大自然と神戸を崩壊させたあの大地震とを絡めて感動の物語に仕立て上げる力量はさすが玉岡さん。
…なのに評価が低く、著作のほとんどが絶版になっているのはなんでだろう(^_^;)
まぁそれは置いといて。
玉岡さんの文章はとても細やかで叙情的で綺麗なのです。
この人が震災を描くとどうなるのかな、とそれに興味があったのですが、さすが神戸育ちの玉岡さんだけあって、やはり生々しくリアルに描いていました。
震災を題材にした小説というと、この冬に読んだ谺健二さんの『未明の悪夢』の描写のリアルさを思い出します。
玉岡さんの描写は、谺さんの描写に比べるとかなり控えめなのですが、その代わり一文一文のインパクトがものすごいのです。
例えば、今まさに大きな揺れに見舞われている室内の様子を描いた次の一文。

冷蔵庫が歩いている。

主語と述語のみ。
これ以上ないほどのシンプルな文ですが、この簡潔な文が持つ衝撃の大きさは計り知れません。
主人公が受けた衝撃と同じ衝撃を、まさに読者もこの一文によって体験するのです。


そしてこの後、瓦礫の山から新しい息吹が生まれ再生していく神戸の街と共に、杏奈もまた一つを失って一つを得るのですが、その結末は、従来の価値観に照らし合わせてみれば、少々不道徳と言えるかも知れません。
けれども、神戸の街を襲った大地震の破壊力の凄まじさと、それでも復興へ向けて懸命に動き始める人々の強さの前に、古い道徳心や価値観といったものはどうでもいいことのように思えてきてしまうのです。
単なる「恋愛小説」では片付けられない、深いテーマを持った作品でした。
☆4つ。