tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『迷宮遡行』貫井徳郎

迷宮遡行 (新潮文庫)

迷宮遡行 (新潮文庫)


平凡な日常が裂ける―。
突然、愛する妻・絢子が失踪した。
置き手紙ひとつを残して。
理由が分からない。
失業中の迫水は、途切れそうな手がかりをたどり、妻の行方を追う。
彼の前に立ちふさがる、暴力団組員。
妻はどうして、姿を消したのか?
いや、そもそも妻は何者だったのか?
絡み合う糸が、闇の迷宮をかたちづくる。
『烙印』をもとに書き下ろされた、本格ミステリーの最新傑作。

『慟哭』で華々しく(?)ミステリ界にデビューした貫井さんの2作目です。
貫井さんの文章は読みやすいので好きです。
話の続きが気になるのでどんどん読み進んでしまいます。
ただちょっとこの作品は展開が強引だったかなという印象が残りました。


主人公の迫水は、奥さんに逃げられ、リストラされて失業しており、優秀かつ非情な刑事の兄に頭が上がらず、怖がりの臆病者で、特技といえば10年間のサラリーマン生活で身についたセールストークくらい。
そんなパッとしない善良なだけがとりえの小市民が、突然姿を消した妻への思慕だけで暴力団同士の抗争にまで首を突っ込んでいくというストーリーになっています。
最初のうちの迫水の情けなさといったら思わず苦笑が浮かんでしまうほどです。
どちらかというと硬い筆致で暗く淡々とした物語を書きがちな貫井さんが、この迫水の描写に関しては極力コミカルに書こうとしているのが読み取れます。
それが成功しているのかどうかはちょっと微妙。
コミカルに徹し切れていないのは扱っている素材が素材(暴力団がらみの話なので…)なのでしょうがないのかなという気がしますが、それでもただのうだつの上がらないサラリーマンだった迫水が妻への想いを募らせ、どんどん強くなっていく過程はなかなかよく書けていると思います。
最後のほうの迫水などはもはや別人。
これほどまでに深く愛されている妻・絢子がうらやましくなりますが、それだけに結末があまりにも迫水にとって報われなさすぎて、心の中にもやもやが残ってしまいました。
『慟哭』同様やりきれなさが残るというか、決して後味のよいストーリーではないので、読むには少々覚悟が必要かもしれません。
ただ、凝った仕掛けやトリックこそないものの、どんでん返しや迫水の心情描写は『慟哭』のファンにも楽しめるものだと思います。
それだけにストーリー展開の強引さが少々残念。
☆の数は3つといったところでしょうか。