tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『忘れ雪』新堂冬樹

忘れ雪 (角川文庫)

忘れ雪 (角川文庫)


「春先の雪に願い事をすると叶う」少女はその想いで7年待ちつづけた。
「春先に降る雪に願い事をすると必ず叶う」という祖母の言葉を信じて、傷ついた犬を抱えた少女は雪を見上げた。
涙の止まらない純恋小説。

私の好みを知っている人なら想像がつくでしょうが、この本ははっきり言って装丁の仔犬の可愛らしさに惹かれて買いました。
まぁ、犯罪小説で知られている作者が書いた純愛小説ということで、どんな感じか気になったというのも少しはありましたが…。
それにしても惹き句や装丁から受ける印象と中身がこんなに違う小説というのも珍しい。
一体この作品は何を目指して、誰に向けて書かれた作品なのでしょう?


最初はよかったんです。
両親を交通事故で失った孤独な小学生の少女・深雪が公園で傷ついたラブラドル・リトリーバーの仔犬を拾い、なす術もなく降りしきる忘れ雪に「助けて」と祈った時現れた男子高校生は動物病院の息子だった。
彼のおかげで一命を取り留めた仔犬とともに、公園でその高校生・桜木と会うのが日課になり、どんどん彼に惹かれていく深雪。
しかし深雪は引越ししなければならなくなり、最後にガラスの指輪を桜木に渡して、「将来結婚しよう」と言う。
彼が獣医師になる7年後にまた同じ公園で逢おうと約束して別れる二人。
しかし7年後、桜木の方はそんな約束も深雪のことも忘れ去っていた…。
―うん、ここまではちゃんと切ない純愛小説ですよね。
ところが、育ての親にも婚約者にも行き先を告げずに海外へ渡った深雪を守るために、桜木が親友のつてをたどって大物政治家の権力を借りて警察介入を阻止するあたりからなんだか怪しくなってきます。
極めつけはラスト4分の1くらいのところで起こる殺人事件。
ここから一気に恋愛小説というよりは犯罪小説になってしまうのです。
どうして純愛小説で殺人事件が起こる必要があるんでしょうか。
しかもヤ○ザとか出てくるし…。
本当に一体どういう読者を想定して書かれたのでしょう?
惹き句や装丁やピンクピンクした帯を見る限り、「セカチュー」や「いま、会いにゆきます」などの純愛小説ブームに便乗しようとしたのだと思いますが、これらの小説に涙した読者は、多分この展開には引くと思うよ…(^_^;)
出版社としてはこの本を若い女性に売りたいというのが見え見えですが、若い女性向けにしてはやたら動物の手術の描写が生々しかったり、最後のほうに少しだけではありますがバイオレンス描写があったりと、なんだかどこかずれてるんですよね。
結末も「こんなのあり?」と思ってしまうようなもので、本を壁に投げつけてしまう人もいそうです。
とりあえず、犯罪小説が書きたいのか恋愛小説が書きたいのかはっきりしさえすればこんなことにはならなかったのではないかと思うのですが…。


しかも登場人物にもイマイチ魅力がない。
桜木は最初はさわやか好青年って感じでしたが、深雪に真剣に恋をし始めてからどんどん堕落して行ったというか…。
愛する人のために政治家の権力を利用したり、誇りを持っていた仕事を辞めてしまったりするような男性が魅力的だとは、私にはどうしても思えませんでした。
それは深雪も同じで、子どもの頃の結婚の約束に固執し、桜木を振り回すだけ振り回してるようにしか見えないのですが…。
桜木にラブラブ光線(笑)を出しまくっていたわりに、最後は「私と結婚するとあなたに迷惑がかかるから」と桜木を遠ざけようとするところも理解不能。
桜木も言っていましたが、結婚とは自分の人生に相手を巻き込むことに他ならないのではないでしょうか?
まだ若いとはいえ、そう無責任に軽々しく結婚という言葉を出しちゃいかんでしょ。
桜木もいい年して結婚の何たるかも分かっていないような子どもの戯言を本気に取って恋に落ちてどうするの(笑)
やっぱり男性はこういう小悪魔的な女性に弱いのでしょうか。
それとも「恋は盲目」ってヤツなんでしょうかね…そういう意味では似たもの同士でお似合いのカップルなのかもしれません。


私にしては珍しくかなり辛口レビューとなってしまいました。
惹き句や装丁から受ける印象と内容が全く違うというのは多分作者のせいではなく、出版社(編集者)が悪いのでしょうね。
文章自体は読みやすく、登場する動物たちは可愛らしいし、犬のしつけや病気に関する知識もつきます。
これでストーリーのテーマがしっかりしていればそんなに悪い作品ではないと思うのですが…。
ストーリーだけだと☆2つしかつけられないところですが、子どもの頃獣医に憧れた経験のある私としては「動物のお医者さん」部分はけっこう楽しめたので、1つおまけして☆3つ。
新堂さんは今純愛小説路線へ路線変更して行っているようですが、この本を読んだ限りでは正直あんまり向いてないような気がします。