tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『H2 17巻 サンデーコミックスワイド版』あだち充

ついに最終巻です。
ISBN:4091277977


東京同士、親友同士。
全国の高校野球ファンが待ち望んだ、投打のヒーローの夢の対決がついに実現。
英雄の対決のためだけに密かに練習してきたという高速スライダーをこの日初めて見せる比呂。
しかし英雄は比呂が最後は必ず渾身のストレートで真っ向勝負をしてくると信じてバットを振り続ける。
高速スライダーと140キロフォーク、スローカーブを駆使して英雄との真っ向勝負を避ける比呂に、結局英雄は無安打のまま、千川が2点をリードして試合は9回裏2アウトに。
バッターボックスには英雄。
2人の最初で最後の対決の行方は?
そしてひかりが選ぶのは…?


どうしようもなく切ないです。
切なさはあだち漫画の得意技ですが、そのあだち漫画の中でも『H2』が一番切ないかもしれないと思います。
ついにやって来た比呂と英雄の対決の前に、比呂はひかりに会いに行きます。
そして「口先でいいから」今だけ自分を応援してほしいとひかりに頼み、ひかりは「がんばれ 負けるな」と言うのですが、その後泣き出してしまいます。
「口先だけ」で比呂に「がんばれ」と言えるひかりではないのですよね。
英雄に負けて欲しくないのと同じくらい、比呂にも負けてほしくないと思ってる。
比呂もそれが分かっていてわざと応援の言葉が欲しいと言ったのでしょう(ちゃんとその後「ごめん」って言ってるし)。
そして、試合が始まると切ない上に痛々しくなってきます。
今までどんなに手ごわい強豪校と試合をしても、根っからの野球好きの比呂はとても楽しそうに投げていました。
けれども、この英雄との試合では比呂が全然楽しそうじゃないのです。
とても苦しそうに、一球一球全力で、必死で勝とうとしている。
以前にひかりが比呂に「比呂にはずっと楽しそうに野球をしていてほしい」と言ったことがありましたが、最終巻まで来てそのひかりの気持ちがとてもよく分かりました。
どうやらいつの間にかひかりと同じ気持ちになって比呂と英雄の対決を見ていたようです(笑)
途中で何度か比呂・ひかり・英雄・野田の4人の回想シーンが入りますが、無邪気に一緒に遊んでいた4人が、今比呂と英雄の対決を通して大人への一歩を踏み出そうとしているんだなと思えてこれまた切ないです。
春華が蚊帳の外状態になっちゃってるのも悲しい(笑)
でも春華に対する比呂の言葉は優しいですね。
「勝たせてくれよな」っていう言葉がお気に入りです。
ラストで比呂がゆずの「夏色」を歌うシーンがありますが、これがまた切ない。
このシーンを読んで以来、私にとってゆずの「夏色」は泣ける曲になってしまいました。


こんな最終巻の名台詞は英雄との最後の対決での比呂のモノローグから。

勝手に信じ切った目だな……
100%ストレートしかないってか。
―それだよ英雄。
忘れるな。
その融通の利かねえバカ正直さに―
雨宮ひかりはホレたんだ。


で。
実は『H2』の結末ってあまりはっきり描かれていないというか、解釈が難しいんですよね。
賛否両論な結末でもあって、たびたびファンサイトの掲示板などでは論争となるくらいです。
なのでここで私なりの解釈を示しておきたいと思います。
ネタばれなので、それでもいいと言う人のみ、下の「続きを読む」をクリックしてください。
また、わたしはどちらかと言うと春華派ですのでご了承ください。


注・この下の文章には『H2』の結末に関するネタばれが含まれます。読みたくない人はブラウザの「戻る」で前の画面に戻ってください。




結論から言うならば、ひかりと英雄が元の鞘に納まったというのは間違いないと思います。
ひかりは何度か「負けたヒデちゃんは想像できない」と言っていました。
英雄とひかりはお互いにあまり自分の弱いところを見せたことのないカップルなんじゃないかな。
それが比呂との対決で、最後までストレートが来ると信じ続けられなかったことで、ようやく英雄が今まで誰にも見せたことのなかった弱い部分というのが露呈して、結果として比呂との対決に敗れ、英雄自身も自分の弱さに気付き、ひかりも初めて英雄にそんな部分があるということに気付いて、初めて英雄のために涙を流した。
そしてその英雄の弱い部分を補う存在としてひかりが必要なのだということに2人は同時に気付いた。
だからラストの英雄のあのセリフになったのでしょう。
同じあだち充の『ラフ』でも小柳かおりが「芹沢くんの勝利は一度だって疑ったことはなかった。でもそんな芹沢くんをどこか遠く感じていた」と言って大和圭介ではなく、圭介に負けた芹沢を選ぶという場面がありましたね。
それと同じではないかと。
一方、比呂と野田は比呂が勝てば比呂はひかりをあきらめて新しい道を進まねばならないと予感していたのではないでしょうか。
だから、ひかりを失いたくないという気持ちと、ピッチャーとして英雄と最後は真っ向勝負したいという気持ちと、両方のために英雄に打たれる覚悟で最後の対決ではストレートで勝負した。
けれども打球がそれてファールになり、運命が自分に勝てと言っていることを感じた比呂は、高速スライダーで勝ちに行こうとする。
でも、英雄とは逆に、真っ向勝負を信じる親友の期待を裏切れないし、ピッチャーとしてストレートで英雄に勝ちたいという「バカ正直さ」が顔を出して、結果スライダーのフォームでありながらど真ん中ストレートという球になり、野田も比呂のそういう部分を知っていたからこそミットを動かさなかった。
試合の結果は比呂の勝ちでしたが、比呂としては英雄との勝負に勝った気はしなかったでしょうし、英雄の負け=ひかりは英雄を選ぶということも分かっていたからこそ「勝利の涙ではない」涙を流したのでしょう。
そして、試合中に「スチュワーデスになれよな」と言ったり、ラストの紙飛行機のシーンで春華の言葉に対して「たぶんな」と答えたことから考えて、比呂は春華の夢に真剣に向かい合っていく決意をし始めたのではないでしょうか。