tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『火の粉』雫井脩介

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)


自白した被告人へ無罪判決を下した元裁判官に、今、火の粉が降りかかる。
あの男は殺人鬼だったのか?
梶間勲の隣家に、かつて無罪判決を下した男・武内真伍が越してきた…。
有罪か無罪か。
手に汗握る犯罪小説。

いやはや、ドラクエやりだしたら読書が進まないってば(^_^;)
ゲームの合間に(?)ちょびちょび読んでいたのがこれ。
本当は今年の「このミス」8位の『犯人に告ぐ』が気になっていたのですが、まだ当分文庫落ちしないだろうし、ということで代わりに同作者のこちらの作品をチョイスしてみました。


とにかく最初から最後までとても怖かったです。
これぞサスペンス!といった展開でした。
裁判官である梶間は、一家惨殺事件の犯人とされた武内は冤罪であると判断して無罪判決を下します。
その後裁判官の職を辞し、大学教授へと転身した梶間の隣家に突然引っ越してきた武内。
戸惑いを覚えつつも、武内はその人あたりの良さと親切さで、梶間の妻と親しく付き合うようになっていく。
ところが武内が梶間の家に出入りするようになってから、梶間家は少しずつ崩壊し始めるのでした…。
一見いかにも親切で世話好きで、無実の罪を被せられたという不幸な過去を持つ孤独な武内。
けれども、ひとつ、またひとつ、と少しずつ武内への疑惑が増えていくのです。
梶間家の中でも武内に疑念を持つ者と好意の目で見る者とが分かれてしまい、徐々に家族の歯車が狂い始めます。
この過程が、月並みな表現ではありますがまさに恐怖がじわじわと足元に忍び寄ってくるという感覚で、何度も背筋が寒くなりました。
夜に読んだら寝られなくなってたかも…(休日の夕方に読んでました)。
サスペンス好きな人にお薦めです。


それにしてもねぇ…私女だからかもしれませんが、梶間家の男たちに腹が立って仕方ありませんでした。
梶間家は、元裁判官の勲とその妻尋江、寝たきりの勲の母、司法浪人中の勲の息子俊郎とその妻雪見と幼い子ども1人という構成なのですが、家事も育児も介護も、家の中の大変な仕事の全てを尋江と雪見が2人で背負っていて、しかも誰もそのことに対して感謝の気持ちを見せるでもなく、全く報われない仕事にひとりで耐えているという状態なのですね。
勲と俊郎の無責任さや自分本位な態度や不甲斐なさや無関心や傲慢さといったものがどうしても許せなくて、ずっと怒りながら読んでいました。
また介護を受けている勲の母や、勲の姉満喜子の底意地の悪さにもぞっとさせられるものがありました。
姑と義理の姉にいびられながらも黙って介護の重労働に耐え、姑の下の世話までする尋江、そして言うことを聞かない娘についつい手を上げてしまう雪見…。
さんざんいろんなドラマや小説にとりあげられている題材ですが、あらためてどうして嫁・妻・母といった立場の女性ばかりがこんなに辛い思いをしなければならないのかと疑問に思わずにいられませんでした。
女性としても専業主婦という道を選んだ限りは夫が仕事に専念できるようにするのも当然の責務だとも思うのですが、それでもたった一言、夫から心のこもった「ありがとう」の言葉があれば、こんなに苦しむことはないはずなのですよね。
結局この物語は、家庭に無関心で、家庭内のさまざまな問題を見て見ぬ振りをしてきた男2人が、その無関心ゆえに家族に降りかかった火の粉にも気付かず重大な事態を引き起こしてしまったという話なのだと思います。
仕事人間の男性の皆さん、どんなに仕事が忙しくても、家庭内の問題や家族のことに常に気を配っていなければ、いつか気付かぬうちに恐ろしいことが起こるかもしれませんよ…!