tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『13階段』高野和明

13階段*1


東野圭吾『片想い』に引き続き、重厚なテーマを扱いながらも一気に読ませる社会派ミステリ。
「審査員満場一致で江戸川乱歩賞受賞」の肩書きは伊達ではありませんでした。

宮部みゆき氏絶賛!!!
手強い商売仇を送り出してしまったものです。(本書解説より)


犯行時刻の記憶を失った死刑囚。
その冤罪を晴らすべく、刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。
だが手掛かりは、死刑囚の脳裏に甦った「階段」の記憶のみ。処刑までに残された時間はわずかしかない。
2人は、無実の男の命を救うことができるのか。
江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編。


この小説のすごいところは、「死刑制度」に正面から向き合っていながら、「死刑は是か非か」という議論だけに終わっていないところだと思います。
その証拠に、最後まで読んでも作者が死刑制度を支持するのか支持しないのかは明言されていない。
死刑囚、死刑を執行する刑務官、死刑囚の家族、被害者の遺族…、さまざまな立場から、抑えた文章で淡々と死刑制度の現実を描き出し、読者に問題提起することに成功しています。
浮かび上がってくる問題点とは、「人が人を裁くことができるのか」。
もういろんなところで何度も議論されてきた問題だと思いますが、どんなに議論を尽くしても答えの出ない問題なのかもしれないと、改めて思いました。
私は死刑はやむをえないと思っていますが、それでもやはり死刑執行の様子を克明に描いたシーンでは、いくら凶悪な犯罪者と言えども、その命を同じ人間の手で奪ってしまってよいものだろうかと考えてしまいました。
世論調査では日本人の過半数が死刑制度に賛成なのだそうですが、賛成できるのは自分が手を汚す必要がないからなのではないのかと。
たとえそれが何人もの罪のない人々を惨殺した殺人鬼であったとしても、いざその人を目の前にしたら、自分が直接手を下すわけではないとしても、法によって命を奪われるさまを見ていられるでしょうか。
私は自信がありません。
ですが、その殺人犯によって命を奪われた被害者や、悲しみのどん底で苦しむ遺族のことを考えれば、極刑をもって臨むのは当然のことだともいえます。
それに、いまのところ死刑に代わる効果的な刑罰はないのではないでしょうか。
実際に死刑を廃止した国では、被害者の遺族が犯人を殺害する事件も起きています。
「私刑」は許されない、しかし死刑の次の刑は日本では無期懲役ということになりますが、これは外国の終身刑ほど厳しいものではなく、模範囚であれば15年も経てば出獄が可能。
このような状況では、やはり死刑はやむをえないものではないかと思えるのです。
本当に難しい問題ですが。


死刑制度そのものだけではなく、死刑執行の決定に関する法的手続きにもいろいろな問題があるということもこの作品を読むと分かります。
ただ倫理的な問題に照らしてだけではなく、現実問題として現行の刑罰制度にさまざまな問題点があるという点は見逃してはならないと思います。


ミステリとしても非常に面白いです。
南郷が無実の死刑囚を救い出そうとする理由は?
三上が犯した本当の罪とは?
死刑囚がやったとされる強盗殺人事件の真犯人は?
後半部分の次々に新事実が明らかになるくだりはまさに圧巻です。
無実の死刑囚の刑が執行されてしまうまでのタイムリミットもあり、ハラハラしながら読み進めるうちに、意外な真相が姿を現し、途中でやめることなどできなくなってしまいます。
死刑の描写や壮絶な殺人現場の描写など、残酷な場面も多く、心臓が弱い人にはお薦めできませんが、死刑制度をめぐる社会派ミステリとして、また謎が謎を呼ぶ本格ミステリとして、2つの側面を持つ優れたミステリであることは間違いありません。

*1:この書影は単行本のものです