tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『翼―cry for the moon』村山由佳

翼 cry for the moon (集英社文庫)

翼 cry for the moon (集英社文庫)


父の自殺、学校での苛め、母には徹底的に拒まれて…。
N.Y.大学の学生、篠崎真冬は心に深い傷を抱えて生きてきた。
恋人、ラリーの幼い息子ティムも、実の母親から虐待を受けて育った子供だった。
自分の居場所を求めて模索し幸せを掴みかけたその時、真冬にさらなる過酷な運命が襲いかかる。
舞台は広大なアリゾナの地へ。
傷ついた魂は再び羽ばたくことができるのか。
自由と再生を求める感動長編。

村山由佳さんの『翼 cry for the moon』を読了しました。
久しぶりに泣きました。


心に傷を持つ篠崎真冬は、日本から逃げるようにニューヨークへ留学して経営学を学んでいます。
そこで出逢った大学教授のラリーと恋をし、彼の先妻との息子ティムにも慕われますが、彼女はまだ他人に心を開くことができないでいました。
それでもラリーのやさしさに包まれて、ようやく幸せを手に入れようとしていた矢先。
再び彼女を悲しみのどん底に突き落とすような事件が真冬を襲います。
その後、彼女はラリーの故郷・アリゾナへ。
そこでのさまざまな出逢いや、ナヴァホ族との交流により、真冬は少しずつ何かを取り戻していきます。


物語中盤までは幼児虐待やら、真冬の心を蝕むトラウマやら、人種差別やら、読んでいて辛くなってくるようなことばかり。
けれでも後半、舞台がアリゾナに移ってからは、少しばかり安心して読めるようになりました。
特にネイティブアメリカンであるナヴァホ族たちの言葉は、一つ一つが心にしみこんで、傷を癒していくようです。
そして、最後の最後に真冬を襲う事件。
さらに大きな傷を負う真冬ですが、それでも彼女は立ち上がって前へ進んでいく決意をします。
そして、その決意とともにやってくる別れ。
別れというのはやっぱり悲しいもので、涙があふれてくるのですが、それは決して悲しいだけの涙ではなくて、真冬を縛り付けていたさまざまなしがらみから解放されて前へ進んでいくことに対する感動の涙でもありました。
一つを選べば、他のものをあきらめなければなりません。
北村薫さんの『六の宮の姫君』にも「何かを得るためには何かを失わなければならない」をいう一節がありました。
人生はその繰り返し。
前へ進むためには、失うことをも恐れてはいけないのだと思いました。


最後に。
村山由佳さんの作品には、においがあります。
この作品にはニューヨークの大都市のにおい、そしてアリゾナの砂漠の風のにおい。
『野生の風』という作品では、アフリカの大地のにおい。
天使の卵』では春の風のにおい。
これらのにおいを感じるのもまた、村山作品を読む楽しみの一つです。