tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『きみにしかきこえない〜CALLING YOU〜』乙一

きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)

きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)


私にはケイタイがない。
友達が、いないから。
でも本当は憧れてる。
いつも友達とつながっている、幸福なクラスメイトたちに。
「私はひとりぼっちなんだ」と確信する冬の日、とりとめなく空想をめぐらせていた、その時。
美しい音が私の心に流れだした。
それは世界のどこかで、私と同じさみしさを抱える少年からのSOSだった…(「Calling You」)
誰にもある一瞬の切実な想いを鮮やかに切りとる"切なさの達人"乙一
表題作のほか、2編を収録した珠玉の短編集。

夏になったら各出版社が力を入れる文庫フェア。
S文庫は2冊買うとオリジナルキャラクターのキーホルダーがもらえるし、K文庫はポイント制で懸賞に応募できるし、と、各社キャンペーンにもいろいろ知恵を絞っていますね。
夏になると、これらのキャンペーン冊子を集めてきて読むのが楽しみの一つだったり。
毎年変わらずラインナップに入っている名作もあるけれど、その年毎に微妙に流行も見て取れます。
たとえば今年は角川文庫のラインナップが面白い!
スニーカー文庫だというのに乙一さんの作品が3冊もラインナップされているところを見ると、乙一さんが今年大注目の作家なのだということがよく分かります。
なので、私も時流に取り残されまいと、早速『きみにしかきこえない〜CALLING YOU〜』を買ってみました。
結果、買って大正解。
さすがは「切なさの達人・乙一」。
切ない話ぞろいの珠玉の短編集です。


1作目『Calling You』。
今時携帯電話を持っていない、友達のいない女子高生・リョウ。
彼女は自分の頭の中に、空想の携帯電話を持っていた。
ある日突然、空想の携帯電話に着信が…。
…切なくて悲しい結末。
けれども主人公リョウの成長が見て取れる、希望にあふれた作品でもあります。
リョウは携帯を通して(それは空想の携帯だけれど)成長し、新たな自分を見つけ出したわけで、ある意味現代の携帯文化を肯定する物語かもしれません。


2作目『傷-KIZ・KIDS-』。
障害があったり、問題を抱えたりしている児童を集めた特殊学級に通う少年アサトは、人に触れるだけでその人の身体にある傷を自分の身体に移すことができるという、不思議な能力を持っていた。
さまざまな人々の傷を自分の身体に引き受けるアサト。
ある日、大好きなアイスクリーム屋さんの店員・シホの顔にある大きなやけど痕を引き受けるが…。
いろいろと考えさせられる作品です。
父親からの虐待の傷跡を見て暴言を吐いたクラスメイトに暴力を振るって、普通学級から追い出され、特殊学級に追いやられた「オレ」。
アサトは実の母親に殺されかけたという過去を持っています。
家庭に恵まれず、心にも身体にもたくさんの傷を抱えて、でもそのような子どもたちを、今の「普通」教育は手に負えないと放り出してしまう。
「オレ」やアサトが住む地域は、いわゆる「被差別部落」であることも暗示されています。
今も残る差別と偏見。
過酷な状況にいる「オレ」とアサトが出逢って、同じ傷を分かち合い、自分たちが生まれてきたことの意味、これからも生きていくということの大切さを確かめ合えたことは、読者の私たちにも希望を与えてくれます。


3作目『華歌』。
電車事故で恋人を失い、自らも入院生活を送ることになってしまった「私」。
結婚を反対する母に逆らって駆け落ちした恋人を失って、絶望と母への消えない恨みを胸に生きる「私」は、ある日病院の敷地内を散歩していて、不思議な花を見つける。
なんとその花の中には、少女の顔が。
病室に持ち帰った花の中の少女は、不思議な歌を歌い、その歌は心に傷を持つ同室の患者たちを癒していく…。
乙一さんの実力が感じられる作品です。
花の中から少女の顔がのぞいているなんて、ホラーのようで気持ち悪いと最初は思いました。
けれども、最後まで読んだときに、その思いは一掃されます。
ネタばれとなるので詳しくは書けませんが、この物語は「母と子の絆」を見事に書き切っています。
また、この作品には見事な叙述トリックが仕掛けられているのにも注目したいところです。
私などはすっかりだまされてしまい、最後に明らかになる真実に、驚きのあまりしばらく固まってしまったほどでした。
最初は自分の読み違いかと思ったのですが、最初から改めて注意深く読むと、巧妙に伏線が張られ、非常に綿密に計算されつくしたプロットだということが分かりました。
乙一さんの優れた文章力があってこその、感動的な作品です。


3つの短編に共通するテーマは、生きるということの辛さ・人の孤独感、そして希望。
『華歌』の一節「この世に生まれてくるということは、なんと辛く、そ して光に満ちているのだろう。」 にそのすべてが集約されています。
昨今の少年犯罪の報道などを見ていると、加害者の少年たちは、皆どうしようもない孤独感に苦しんでいたのではないかと思えます。
でも、人間はみんなひとりじゃない、ということを乙一さんの作品は教えてくれます。
孤独を感じたり、どうしようもない理不尽さを感じたり、無力感に苛まれたり、そんないろいろなことがあるつらい人生だけれど、それでも懸命に生きていこう。
あなたを大事に想い、必要としてくれる人は、きっといるから。