tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『魔術はささやく』宮部みゆき

魔術はささやく (新潮文庫)

魔術はささやく (新潮文庫)


それぞれは社会面のありふれた記事だった。
一人めはマンションの屋上から飛び降りた。
二人めは地下鉄に飛び込んだ。
そして三人めはタクシーの前に。
何人たりとも相互の関連など想像し得べくもなく仕組まれた三つの死。
さらに魔の手は四人めに伸びていた…。
だが、逮捕されたタクシー運転手の甥、守は知らず知らず事件の真相に迫っていたのだった。
日本推理サスペンス大賞受賞作。

しばらく初挑戦の作家の作品ばかり読み続けていたので、久しぶりに原点(?)に戻って、宮部みゆきさんの『魔術はささやく』を再読してみました。
大好きな作家・宮部みゆきさんの作品の中でも、特に大好きなこの作品。
読んだのは数年ぶりでしたが、やっぱり面白かったです。


何の関連もないと思われた3人の女性の自殺事件。
けれども、実はこの3人の女性には隠れたつながりがありました。
3人目の女性をひいてしまったタクシードライバー・浅野大造は、信号無視とされ、逮捕されてしまいます。
大造の甥で養子の高校生・日下守は、叔父を救い、真実を探るため、この3人目の女性について調べ始めます。
調べていくうちに浮かび上がってきた3人の女性たちの共通点。
そして守は、4人目の女性の存在に気付きます。
果たして守は「4人目の女性」を救えるのでしょうか…?
…とまあこんなあらすじの話ですが、読みどころは宮部みゆきさんお得意の、社会の理不尽さとか、「裁き」に対する視点でしょう。
すべての謎が解け、これで終わりかと思ったところでこの作品の本当のクライマックスシーンが始まるのです。
主人公の守はある人物から、自分を裏切り欺いた人物(ああ…ネタばれしないように書こうとするから訳分かんない。実際に読んでみてください)を「裁く手段」を与えられるのですが、そこから始まる守の葛藤と決断は何度読んでも圧巻・感動。
雪が降りしきる東京の街という舞台もまた、小説なのにリアルな映像として胸に迫ってくるから不思議。
こんなに臨場感のあるラストシーンが書ける作家というのは少ないと思います。


この作品に頻繁に登場する言葉に「不公平」というのがあります。
大造がひいた女性が死ぬ間際に口にしたという「ひどいひどい、あんまりよ」という言葉も、不公平感から来る言葉だったのでしょう。
守にしても、横領事件を起こして失踪した父を持ったがために、幼少の頃から世間の偏見と冷たい目にさらされ、母を失い故郷を追われ、さらにまた叔父の事件によって「人殺しの子」として嫌がらせを受けるその姿は、不公平な境遇にあると見ることができます。
けれど、守自身はあまり不公平感を感じていないかのように見えます。
それは守の周囲にいる、数少ないけれど正しい目を持つ人間の存在のおかげなのでしょう。
とかく不公平さを感じさせられることの多いこの世の中ですが、不公平を理由に言い訳することは許されないということを、この作品は教えてくれるのです。
自分に与えられた環境や能力などを受け入れて、その中で自分にできる正しいことをやっていくということが重要なのです。
特にルックスがいいわけでもなさそうな守がかっこいいのは、そのことをわきまえているからだと思います。


やっぱり『魔術はささやく』は紛れもない名作ですね。
ぜひたくさんの人に勧めたいと思います。