tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『空白の叫び』貫井徳郎

空白の叫び〈上〉 (文春文庫)

空白の叫び〈上〉 (文春文庫)

空白の叫び〈中〉 (文春文庫)

空白の叫び〈中〉 (文春文庫)

空白の叫び〈下〉 (文春文庫)

空白の叫び〈下〉 (文春文庫)


退屈な日常の中で飼いならしえぬ瘴気を溜め続ける久藤。恵まれた頭脳と容姿を持ちながら、生きる現実感が乏しい葛城。複雑な家庭環境ゆえ、孤独な日々を送る神原。世間への違和感を抱える三人の少年たちは、どこへ向かうのか。少年犯罪をテーマに中学生たちの心の軌跡を描き切った衝撃のミステリー長編。

貫井徳郎さんの作品はいつもずっしりと重い。
重苦しく後味の悪い読後感を引きずることも多々あるので、この作品もそれをちょっと警戒しながら読み始めました。
でも、覚悟をしていたせいか、今読み終わって特に引きずっているものはありません。
もやもやしたものが残っていないと言えば嘘になるけれど、全く救いのない結末というわけでもなく、ほんの少しだけ希望のようなものが感じられた気がしました。


この作品のテーマはずばり少年犯罪。
今までさまざまな角度から少年犯罪を描いた作品が世に出されてきましたが、この作品では3人の14歳の少年がそれぞれに殺人に至る経緯を丁寧に描き、その後の少年院での3人の出会いと卒院後の生活を追うことで、少年たちの心に巣食う「瘴気」の正体に迫ろうとしています。
3人の少年たちは性格も容姿も能力も育った環境もバラバラ。
小学校時代にいじめられた経験を持ち、中学では逆に暴力を振るう側になった久藤。
資産家の家庭に生まれ育ち、頭脳にも容姿にも恵まれている葛城。
そして母親に捨てられ、祖母と叔母に育てられた神原。
それぞれ個性が強くて、孤独感、無能感、嫌悪、憎悪、絶望…といったマイナスの感情を抱えてはいるけれど、全員どこかしら理知的で共感できる部分も持っていて、思わず感情移入してしまいます。
だから自ずと読者は考えることになるのです。
なぜ彼らは殺人にまで至ったのかと。
彼らが内側に抱え持つ「瘴気」とは一体何だったのかと。
その上で、罪を犯した少年たちにどのように対処していくのがよいのかと。


でも、考えても考えても答えは出ません。
正解はどこにもないのかもしれない。
だからこそ社会においても厳罰化や少年法改正が絶えず議論に上るのだろうと思います。
少年ひとりひとりにさまざまな事情があるのだから、ひとつの法律やシステムで裁き、更生させようとすることに無理があるのかもしれません。
それでも考えるためのヒントは確かにこの作品に描かれています。
バラバラに見える3人の共通点は、あまり家庭に恵まれていないこと、そしてなんだかんだ言っても14歳の幼さを持っているということです。
妙に達観している部分があったりして、大人とそれほど違わないようにも思える3人ですが、彼らの幼さは他者に対する想像力の欠如にあるのではないかと思います。
自分とは異なって当たり前で、自分の思い通りに動いてはくれないのが当たり前なのが他人。
でも彼らはそんな他人の気持ちや考え方や行動に対する想像力が不十分だから、苛立ちを感じたり、憎しみを感じたり、怒りを感じたり、恐怖を感じたりする。
そしてある日そんな他者への感情が爆発してしまう。
そんな部分が彼らの14歳であるが故の幼さではないかと思いました。
そこにこそ少年犯罪への対処のヒントがあるように思うのですが、…どうなのでしょうか。
きっとこれは、永遠に考え続けていかなければならない、現代社会に突きつけられた宿題なのだと思います。


少年院での壮絶ないじめや体罰など、読むのがつらくなる場面も多い作品ですが、なぜか不思議な引力を持っていて、ページを繰る手が止められませんでした。
個人的には神原のパートが一番読んでいて怖かったです。
3人の中では一番子どもっぽい純粋さを持っているように思える神原が、次第に心の中にどす黒いものを生じさせていく過程が本当に恐ろしくて、こんな子に出会ったら大人としてどんなふうに接したらいいのかと考えると心が落ち着かなくなりました。
とても重くてつらい作品であるのは確かですが、ミステリの名手としても知られる貫井さんらしくラストにはどんでん返しも仕掛けられていて、小説として十分な魅力を持った作品でした。
☆4つ。