tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『十八の夏』光原百合

十八の夏 (双葉文庫)

十八の夏 (双葉文庫)


「恋しくて恋しくて、その分憎くて憎くて、誰かを殺さなければとてもこの気持ち、収まらないと思った」
―切なすぎる結末が、最高の感動をよぶ物語。
第55回日本推理作家協会賞を受賞し、「2003年版このミステリーがすごい!第6位」にもランクインをした珠玉の連作ミステリー、待望の文庫化。

やはり短編集は読みやすいですね〜。
それでいて、その作者の作家としての力量が最も問われるのも短編ではないかと思います。
短いがゆえに、文章に無駄があってはいけない。
簡潔に、分かりやすく、少しのエピソードで読者を引き込まなければならない。
良い短編が書ける作家は良い作家です。
思えば私が好きな作家はすばらしい短編を書いている作家が多いんですよね。
宮部みゆきさん、加納朋子さん、北村薫さん…。
『十八の夏』を読んで、光原百合さんもそこに加えてもいいな、と思いました。


光原百合さんの作品は2年ほど前に『遠い約束』を読んだきりだったのですが、加納朋子さんや北村薫さんとよく似たテイストの「やさしいミステリ」だったので、どんどん引き込まれるようにして読み進められました。
4つの「花」をモチーフにした短編集ですが、それぞれの作品は全く趣が異なり、1冊でさまざまな物語が楽しめます。


表題作「十八の夏」。
浪人生の「僕」は、河原で見かける女性が気になっている。
ある日、ひょんなことから彼女と言葉を交わし、のみならず彼女の自宅へ上がった。
「僕」は出産のために姉が帰ってきたのをきっかけに、彼女と同じアパートの、彼女の部屋の真下の部屋を借りた…。
こんな、ある意味普通の「18歳の少年が年上の女性にほのかな恋心を抱く物語」といった様相で始まる物語は、後半になって予想もつかない急展開を見せます。
ミステリとしての仕掛けはもちろんあるのですが、その仕掛けは決して大掛かりなものではありません。
たった一つの小さな「真相」。
それが明らかになるだけで、こうも見事に物語がひっくり返るとは。
切なく、甘く、苦いラストシーンが、「十八の夏」というタイトルそのものを象徴していて印象に残りました。
日本推理作家協会賞受賞作。


「ささやかな奇跡」
妻を亡くし、1人息子と共に暮らす書店員・水島。
ある日ふと入った街の小さな書店で、彼はすばらしい手作りのポップを見つける。
そのポップの作者は目の下に陰をたたえた一人の女性だった…。
お互いに愛する人を失ったもの同士の、重いものを抱えつつもほのかな幸せに満ちたラブストーリー。
「書店員」「大阪弁」「阪神タイガース」「金木犀」「子ども」。
これら全てのキーワードがうまく重なり合って、重い部分もありながらもほのぼのとあたたかい気持ちになれる良作。
ミステリとしては4作の中で一番地味ですが、私はこの作品が一番好きです。


「兄貴の純情」
17歳の少年洋二には、劇団員の少々変わり者の兄がいる。
そんな兄が、ジョギングの途中で出逢った女性に恋をしてしまったらしい…。
とにかく「兄貴」のキャラクターが秀逸。
馬鹿で、こっけいで、カッコ悪いが、どうしても憎めません。
ミステリとしては弱く、私は途中で展開が読めてしまったのですが、ユーモアにあふれた軽快なストーリーが印象に残りました。


「イノセント・デイズ」
妻の実家が経営している塾で講師をしている浩介。
ぎっくり腰で仕事を休んでいる彼の元に、かつての教え子だった少女が、以前の姿からは想像もつかない、華やかな色香のある女性となって再び現れた…。
日常の謎」ミステリだった他3作とは異なり、この作品だけはある「犯罪」を扱っています。
そのため、前の3作にあったどちらかというとほのぼのとあたたかな雰囲気は、一転して重苦しいものとなっています。
とにかく、この作品に描かれている「悪意」はすさまじい。
宮部みゆきさんの書く「悪意」と共通するところがあるように感じました。
また、この「花」をモチーフにした短編集の中でもっとも「花」を効果的に用いているのがこの作品です。
広島出身であるという作者の、その「花」への想いが伝わってくるようでした。
最後はジンと感動させられました。
重苦しいストーリーにも、最後は必ず救いを描くのは、宮部みゆきさんとも、加納朋子さんとも、北村薫さんとも共通するところ。
お話として好きなのは「ささやかな奇跡」ですが、ミステリとしてはこれが一番。