tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『女子的生活』坂木司

女子的生活 (新潮文庫)

女子的生活 (新潮文庫)


おしゃれして、好きなインテリアで部屋を飾って、(ブラックだけど)アパレル勤務 みきは憧れの〈女子的生活〉を謳歌していたが、ある日、マンションの部屋の前に不審な男が。「あの、ここに小川って奴が住んでるって聞いたんですけど──」マウンティング、モラハラ毒親。次々現れる強敵に、オリジナルな方法でタフに立ち向かうみき。読めば元気が湧いてくる痛快ガールズ・ストーリー。

日常の謎ミステリとお仕事小説のイメージが強い坂木さんですが、今回はそのどちらでもなく、新境地といえるかもしれません。
とはいえ、人に対する鋭い視点と厳しいダメ出しっぷりは坂木さんらしいですね。
難しい題材に挑戦していると思いますが、ある意味安心して読めました。


ここ何年かで急速に世間の意識が変わってきたものといえば、一番に挙がるかもしれないのがLGBTに関する意識ではないでしょうか。
おっさんずラブ」や「ボヘミアン・ラプソディ」などのヒットも記憶に新しいですが、テレビや映画、小説やマンガでも当たり前に取り上げられるようになり、差別意識や偏見も、全くないとはいえないものの、かなり薄れてきたと感じられます。
本作もそうした流れの中で登場したといえるかもしれません。
主人公のみきは、アパレル企業に勤める「女子」。
本名は「小川幹生」といって、身体と戸籍上は男性だけれど、性自認は女性、恋愛対象も女性という、トランスジェンダーレズビアンです。
なんだかややこしい……と一瞬思ってしまいましたが、読んでいるうちに大して特別なことではないように思えてきました。
それは、主人公のみきが完全に「女子」だからなんでしょうね。
冒頭で描かれるみきの生活は、完全に女子のそれ、というか乙女のそれです。
女の子らしい服を着て、メイクをして、女友達と遊んで、合コンには女性側として参加する。
でもその合コンで狙うのは女子、というのが一緒にいる女友達とは違う点です。
でも、それがみきにとっては自然なことで、それは他人がどうこう言えるものではないし、言ったところで意味もないのだということが、物語を読み進めるうちにわかってきます。


それなりに楽しい「女子的生活」を満喫しているみきですが、でもやっぱり性的マイノリティとして闘っているんだなと感じられるところが少し切ないです。
昔よりは断然マシな状況になったとはいえ、まだまだ無知も偏見もあり、変な悪意を向けられたりすることもあります。
それでも、みきは自分というものを強く持って堂々と生きています。
他人に対する鋭い観察眼を持ち、毒舌を吐きながら、自分が心地よい生き方を追求するみきの姿は痛快で、胸がすくような思いがします。
彼女がかっこよく感じられるのは、「自分に配られたカードで勝負している」からなのかなと思いました。
男として生まれたことも、性自認が女であることも、かわいい女の子が大好きなことも、全部欠くことのできないみきの構成要素で、それを否定することなく、むしろ全力で肯定しながら、したたかに生きているのがみきという人です。
性的マイノリティとしての生きづらさはもちろんあります。
ただ、どんな性別でどんな性的指向に生まれても、多かれ少なかれ誰しも生きづらさを抱えているというのが現実ではないでしょうか。
だから共感もできるし、自分もみきのように前向きに生きたいと思えるのです。


みき以外の登場人物がみな個性的で、一癖も二癖もある人物ばかりなのが面白かったです。
個人的に好きなのは、みきの高校時代の同級生である後藤ですね。
お金のトラブルでいきなり女子=みきの家に転がり込んでくる大迷惑で非常識な男、というのが最初の印象だったのですが、最後まで読むと結局後藤が一番まともな登場人物だったなと思えるのがすごいところです。
小説として楽しく読めた一方、トランスジェンダー性同一性障害との違いを調べずにはいられなくて、いい勉強にもなりました。
もはやLGBTの問題は自分には関係ないと言っていられる時代ではありません。
私ももっと知識を増やして理解を深めていかなければいけないなと思います。
☆4つ。

『桜風堂ものがたり』村山早紀


書店に勤める青年、月原一整は、人づきあいは苦手だが、埋もれていた名作を見つけ出して光を当てることが多く、店長から「宝探しの月原」と呼ばれ、信頼されていた。しかしある日、店内で万引きをした少年を一整が追いかけたことが、思わぬ不幸な事態を招いてしまう。そのことで傷心を抱えて旅に出た一整は、ネットで親しくしていた、桜風堂という書店を営む老人を訪ねるため、桜野町を訪ねるのだが……。

本屋大賞で高評価、しかも私が好きな「本屋さん」もの、となれば読まないわけにはいきません。
表紙のイラストの雰囲気からしてほのぼの系なのかなと思いきや、シビアな現実が描かれてもいて、なかなか読みごたえがありました。


書店員の月原一整は、勤務中に店内で万引きを発見し、犯人の少年を捕まえようと追いかけますが、少年は車道へ飛び出して交通事故に遭ってしまいます。
少年はけがで済んだものの、ネット上では一整が少年を追いつめたとして非難する声が殺到し大炎上。
店にも苦情の電話がかかってくる事態になって、一整はやむなく退職し、以前からネットで交流していた桜風堂という地方の古い書店を訪ねていきます。
この前半の展開はいかにも現代的で、実際にありそうなリアリティに満ちていました。
変な正義感を募らせた人々が、詳しい事情を知りもしないで正論を振りかざし攻撃してくるネット炎上の描写には、思わず「あるある……」というつぶやきが漏れるほどです。
なんともたちの悪い事態に巻き込まれた一整に同情を禁じ得ませんが、一方で一整を救ったのもまたインターネットでした。
私もツイッターを利用しているので、書店員の方々がSNSを通じて交流し、時にはフェアなどで協力し合ったりされているのを知っています。
ひと昔前には、遠く離れた書店同士が連携するなど難しいことだっただろうと思います。
ですが今は知らない人とも情報交換ができ、宣材のPOPやペーパーをデジタルデータでやり取りするようなことも容易です。
電子書籍の登場やデジタル万引きなどといった新しい問題も出てきており、前述の炎上リスクもありますが、ネットの利点をうまく活用して成功している書店もあります。
インターネットのよい面、悪い面がしっかり描かれており、非常に現代的、現実的な題材に興味をひかれました。


その一方で、物語の全体的な雰囲気としてはかなりファンタジー風味です。
作者の村山さんは、もともと児童文学やファンタジー分野出身の方なんですね。
もちろん異世界に行ってしまったり空想上の生き物が登場したりはしませんが、絵本のような「おはなし」の世界を強く感じさせられました。
桜風堂がある小さな町も、桜が咲き乱れてまるで桃源郷のような、美しく幻想的な場所として描かれています。
また、登場人物もどことなく浮世離れしているというか、どこにでもいそうな普通の人というよりは、やっぱり「物語の住人」っぽさを感じさせる人物が多い気がしました。
特に桜風堂の店主の孫息子は、ちょっと気持ち悪いくらいにいい子すぎて、現実離れしています。
そういうところが鼻につく感じもしなくはないですが、話の展開が現実の厳しさを反映して苦みのあるものになっているので、その対比としては悪くないなと思いました。
書店が置かれている現実は厳しい、私たちが生きている現代社会も厳しい、でもだからこそ、夢を見たっていいじゃないか、奇跡を信じたっていいじゃないかという作者の声が、行間から聴こえてくるような気がしました。


作者の本屋さんへの愛とエールがあふれていて、そりゃあ書店員さんたちは読んでうれしかっただろうし、本屋大賞にノミネートされて当然の作品だと思います。
書店員の仕事内容も細かく描写されていて、活字離れが叫ばれる現代において本を売る工夫やヒントも盛り込まれているので、現職の書店員だけではなく本屋で働いてみたいと思っている人にもぴったりの作品ではないでしょうか。
それにしても、作中に登場する感動の名作「四月の魚 (ポワソンダブリル)」、読んでみたいなぁ……。
☆4つ。

『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』彩瀬まる

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫 あ 83-2)

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫 あ 83-2)


遺書は書けなかった。いやだった。どうしても、どうしても――。あの日福島県に向かう常磐線で、作家は東日本大震災に遭う。攪拌されるような暴力的な揺れ、みるみる迫る黒い津波。自分の死を確かに意識したその夜、町は跡形もなく消え、恐ろしいほど繊細な星空だけが残っていた。地元の人々と支え合った極限の5日間、後に再訪した現地で見て感じたすべてを映し出す、渾身のルポルタージュ

いつもはノンフィクション作品は読んでも感想を書かないことの方が多いのですが、今回この作品については、先日読んだ『やがて海へと届く』と関連があるということ、強く感情を揺さぶられる内容だったということを鑑みて、感想を書き残しておこうと思いました。


小説家デビューを控えた著者の彩瀬さんは、旅先の福島県を走る鉄道の列車内で東日本大震災に遭遇しました。
被災してからなんとか埼玉の自宅へ帰りつくまでの数日間を克明に描いた第一章、震災から3か月後の2011年6月に福島県内でボランティア活動をした経験を記した第二章、さらに5か月が過ぎた2011年11月に再訪した福島の様子をつづる第三章の、3つのパートに分かれています。


第一章は、ただひたすらに怖くて読むのがつらかったです。
経験したことのないような大きな揺れ、自分に向かって迫りくる真っ黒な津波、暗くて寒い避難所で直面する原発事故のニュースと放射能という見えない恐怖――。
これらが連続して、情け容赦なく襲ってくるのですから、どんなに恐ろしい体験だったろうかと背筋が寒くなります。
当時、テレビで被災地の映像を見て、「この世の地獄だ」と思ったものですが、そう感じたのは間違っていなかったのだなと思いました。
さすが小説家だけあって表現力が豊かで、恐怖感がリアルに迫ってくるのです。
悲しいとか切ないとか感動とかではなく、怖くて涙が出てくる、そういう文章でした。


第二章、第三章では、福島の地元の人たちの生々しい本音を読むことができます。
地震の揺れや津波による被害だけではなく、原発事故の影響とも向き合わなければならない福島の人たちの声というのは、日本全国の、いや世界中の人々に届けなければならないものだと思いますが、なかなか届いていないというのが現実だと思います。
放射能について正確で詳細な情報が何より必要なのにそれが提供されなかったこと、そのために政府を信用できないと思い、見捨てられたと感じた人々が大勢いたのは当然のことですし、私たち日本国民はその事実に真摯に向き合わなければならないと思いますが、果たして十分に向き合って来れたでしょうか。
そんな中で、放射能の影響を恐れて遠くへ避難した人もいれば、福島に残ることを選んだ人もいる。
どちらの選択も、正しいとも間違っているともいえないものでしょうし、どちらを選んでもきっと葛藤はあるでしょう。
小さい子どもがいるとか、自由に動けないお年寄りを抱えているとか、放り出せない仕事があるとか、それぞれの事情があって、その事情のために不本意な選択をせざるを得ない人も多いはずです。
自分だったらどうするのだろう、どうなるのだろうと考えようとしても、原発が近くにない場所に住んでいる身としてはなかなか具体的にイメージがしづらく、もどかしさと情けなさと、少しの罪悪感のようなものを感じました。


3つの章を通して印象的なのは、「人」です。
被災したまさにその直後に彩瀬さんが出会った人々はみなとても親切で、死を意識するほどの極限状態でも助け合いいたわり合って、必死に生き抜いていました。
避難生活で彩瀬さんがお世話になった地元の人が、自宅への帰路に着く彩瀬さんに、「恩なんて考えないで、むこうに帰ったら、こっちのことはきれいさっぱり忘れていいよ。しんどい記憶ばかりで、思い出すのも辛いでしょう」という言葉をかけるのですが、これには胸を衝かれました。
被災地に住む人は「忘れられたくない」ものだと思っていたのに、「忘れていい」と言えるなんて。
しかもこの発言は震災4日後、まだまだ先行きがどうなるかわからず、混乱のさなかにあった時期の言葉なのです。
なんて強くて、優しい人なのだろうと、感じ入りました。
他にも彩瀬さんが福島で出会う人たちは概していい人たちで、震災後さかんに言われた「人の絆」の大切さやありがたみを感じさせるエピソードがたくさん書かれていますが、その一方で、福島の人たちに対して心無い言動をする人たちのことも書かれています。
あまりにひどい言葉と行為に憤りを禁じ得ませんでしたが、そうした人たちに対する彩瀬さんの見方にはハッとさせられました。
いわく、みんな前例のない原発事故に恐怖を感じているのは同じだと。
その恐怖を、他者への攻撃に転嫁しなければやっていけない人もいる、そういうことなのだろうと。
攻撃して許されるものではないでしょうが、それでも攻撃する人たちを理解しようとする彩瀬さんの姿勢に感銘を受け、私も見習いたいと思いました。


あとがきを除くと150ページほどの薄い本ですが、中身は非常に濃く詰まった1冊でした。
この体験があったから『やがて海へと届く』のあの場面が書かれたのだろうなとわかったようなところもあり、小説とルポ、どちらも読めて本当によかったと思います。
震災の記憶は少しずつ遠くなっていきますが、こうして体験をつづった本はきっと後世にも残っていくことでしょう。
つらい記憶を掘り起こして貴重な体験談を書いてくださって、ありがとうございますという感謝の気持ちです。
ぜひ、多くの人に読まれて欲しいと思います。


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