tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『陽気なギャングは三つ数えろ』伊坂幸太郎


陽気なギャング一味の天才スリ久遠は、ひょんなことからハイエナ記者火尻を暴漢から救うが、その正体に気づかれてしまう。直後から、ギャングたちの身辺で、当たり屋、痴漢冤罪などのトラブルが頻発。蛇蝎のごとき強敵の不気味な連続攻撃で、人間嘘発見器成瀬ら面々は追いつめられた!必死に火尻の急所を探る四人組だが、やがて絶体絶命のカウントダウンが!

伊坂さんの「陽気なギャング」シリーズ、2作目の後なかなか続編が出る気配がなく、このシリーズはもう書かないのかな……と残念に思っていたところにようやく刊行されたのが本作。
3作目になっても陽気なギャング4人組 (成瀬・久遠・響野・雪子) はまったく変わらず銀行強盗をやっています。
さすがに現代の日本で銀行強盗を何度も成功させているのは無理があるだろうという感じですが、その現実離れぶりこそがこのシリーズの魅力ですね。
犯罪集団 (といっても4人しかいませんが) が主役でありながら、血なまぐささはあまりなく、コメディに徹しているのも本シリーズの良さだと思います。


けれども、今回はなかなか嫌な感じの人物が登場しています。
週刊誌などにゲスな記事を書いている記者の火尻という男なのですが、その記事によって関係者が死に追い込まれるということが何回か起きており、ゲスを通り越してもはや犯罪者に近いような人物です。
銀行強盗という本物の犯罪者である成瀬たちより、よっぽど悪人に思えてしまいます。
この火尻に銀行強盗ではないかと勘付かれたことから成瀬たちはピンチに陥りますが、4人がそれぞれ持つ能力と知恵を生かして危機を乗り切ろうとする、というのが本作のあらすじです。
相変わらず4人の能力がキレッキレでうらやましくなりますね。
成瀬は人の顔を見るだけでその人が嘘をついているかどうか見抜くことができるし、久遠はスリが得意で動物のことにとても詳しく、響野はハッタリを効かせた演説が得意で、雪子は秒単位で時間を正確に測れる体内時計を持っています。
どれもめちゃくちゃ役に立つかといえばそうでもないかもしれませんが、持っていたらなかなか便利で、現に彼らはこれらの能力を組み合わせることで銀行強盗をやってのけ、トラブルも解決するのです。
4人のチームワークは3作目でも変わらず、しっかり発揮されていました。
ポンポンとテンポよく交わされる会話も楽しいです。


このシリーズはミステリというわけではありませんが、伏線の妙が楽しめるのでミステリ好きにとっては満足感が高いと思います。
伊坂さんの作品はどれもそうなんですが。
本作でも物語の序盤や中盤に登場したあれやこれやが、終盤になって一気につながり話の展開を思わぬ方向へ変えていくのが面白いです。
今回は「これも伏線だったのか」と驚かされるような、さりげない伏線が多かったように思いました。
どんでん返しというほどではないにしろ、結末が予想した方向性とはちょっと違っていたのもよかったです。
今回は前述のとおり悪人がかなりの悪人なので、溜飲の下がる結末にも満足でした。
個人的には、久遠の動物好きがストーリーの最後まで絡んできたのが一番のお気に入りポイントで、久遠への好感度が少し上がったような気がします。


作者があとがきで述べられているように、陽気なギャングたちがいつまでも銀行強盗をやり続けるというのも無理があるような気はしますが、それでも4作目も出てほしいと思います。
銀行強盗から足を洗った4人組というのも見てみたい気はしますが……どうでしょうね。
いずれにしても次はあまり待たされないといいな。
☆4つ。


●関連過去記事●
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『朝が来る』辻村深月

朝が来る (文春文庫)

朝が来る (文春文庫)


長く辛い不妊治療の末、特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫婦は民間団体の仲介で男子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫妻のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を「返してほしい」というものだった―。

これまで読んできた辻村さんの作品の中では一番の社会派の物語でした。
不妊治療のこと、特別養子縁組のこと、望まぬ妊娠をした女性たちのこと……すべて、私自身は経験のないことですが、決して他人事とは思えないリアリティがあふれていて、強く心に響きました。


本作は4章構成で、それぞれの章で視点となる人物が移り変わっていきます。
まず1章は栗原佐都子という母親の視点から、さまざまな苦労もありつつ幸せな、息子の朝斗と過ごす日々が描かれます。
タワーマンションの高層階に住んでおり、満ち足りた幸福な生活を送っているように見える佐都子たち親子ですが、実は朝斗は特別養子縁組でやってきた子どもで佐都子と夫の清和の間に生まれた子ではないことが明かされ、ある日若い女性が「朝斗を返してほしい、返さないなら養子であるという秘密を暴露する、それが嫌なら金を出せ」と脅迫してくるという不穏な展開になっていきます。


そこまでで1章は終わり、栗原夫妻が朝斗を養子に迎えるまでを描く2章が始まりますが、この2章はつらい場面が多くて、涙なしには読めませんでした。
結婚後、何年経っても子どもができる気配がないことを心配した親たちから言われて不妊治療を開始する佐都子。
ですがタイミング法では授かる気配がなく、次のステップに進んだ栗原夫妻に突き付けられたのは、清和が無精子症であるという診断でした。
そこからは本当につらい場面の連続で、栗原夫妻が衝撃を受け夫婦関係も少し悪化するのもつらいし、清和の母親がやってきて息子の不妊のことを佐都子に土下座して謝罪するのも、もうあまりにもつらくてつらくて涙が止まらず、読み進めるのを苦痛に感じたくらいでした。
もともと清和も佐都子も、子作りは自然に任せて、できなければそれでもかまわないというくらいの気持ちでいたのですが、不妊であるという事実を突き付けられるのはそれとは別問題です。
そもそもあなたには子どもを作る能力がありませんよと宣告されるというのは、なんと残酷なことかと胸が締めつけられるような気持ちがしました。
けれども栗原夫妻はそんな残酷な事実とも向き合って、不妊治療のステップをさらに進め、体外受精に挑戦します。
その強さは素直にすごいと思いましたが、報われるかどうかわからない、いつまで続くのかもわからない、精神的にも肉体的にも負担の大きい不妊治療の困難さに、気が遠くなりそうでした。
そんな治療をやめて、養子を迎えることを決断し、ついに佐都子が朝斗を胸に抱く場面では、今度はつらさではなく安堵の涙が流れました。


そして3章は、朝斗の産みの母・ひかりの物語に移ります。
教員である両親と、私立の女子校に通う姉の、生真面目さや清潔さに反発を覚える中学2年生のひかりは、同じ学年の人気の男子・巧から告白されて付き合い始めます。
そのうちに、体調が悪いと気づき病院で妊娠していると診断された時にはすでに、人工妊娠中絶が可能な時期を過ぎてしまっていました。
産むしかなくなったひかりの子どもは、特別養子縁組をあっせんする団体を介して栗原夫妻のもとへ。
その後、ひかりは学校にも家庭にも居場所を失い、家出をしてひとりで生きていこうとしますが、当然のことながら未成年で学歴もない彼女が生きていくのにはとてつもない困難が伴います。
ひかりの周りの大人たちが、両親を含め誰一人としてひかりを守ろうとしていないのが、読んでいてとてもつらく感じました。
14歳の、しかも初潮もまだ来ていなかった少女に、妊娠の責任をひとりで負わせるのは無理があります。
必要な知識をひかりに与えていなかった両親も、学校の先生も、責任は重いのではないかと思うのに、その責任が問われることはありません。
それどころか、ひかりに対する精神的なケアやサポートすら、十分に与えることをしないのです。
もちろん、大人たちだけではなく、ひかりの子どもの父親である巧も。
母親としての自覚が芽生え始めたところで赤ちゃんを手放し、その後急な下り坂を転がり落ちるように人生が狂っていき、心を荒ませていくひかりが、かわいそうでなりませんでした。


最終章で、朝斗を挟んで佐都子とひかりが向き合うラストシーンが胸を打ちます。
産めなかった女性と、育てられなかった少女と、全く立場は違っても、ふたりとも間違いなく「母」なのだと、そう強く訴えかけてくるような感動的な結末でした。
妊娠と出産は本来とても幸せなイベントのはずですが、だからこそ、苦しむ人たちも出てきてしまう。
そうした人たちを救うためにはどうしたらいいのだろうと、深く考えさせられる作品でした。
☆5つ。

『中野のお父さん』北村薫

中野のお父さん (文春文庫)

中野のお父さん (文春文庫)


若き体育会系文芸編集者の美希。ある日、新人賞の候補者に電話をかけたが、その人は応募していないという。何が起きたか見当もつかない美希が、高校教師の父親にこの謎を話すと…(「夢の風車」)。仕事に燃える娘と、抜群の知的推理力を誇る父が、出版界で起きる「日常の謎」に挑む新感覚名探偵シリーズ。

北村さんの「日常の謎」ミステリ新シリーズが開幕しました。
主人公は老舗出版社で文芸担当の編集者として働く若い女性・美希。
彼女が仕事をする中で遭遇する、ちょっとした謎を、話を聞いただけであっという間にするする解いてしまうのが、本作の探偵役「中野のお父さん」です。
「中野」というのは名字ではなくて地名の中野。
美希はすでに実家を離れて暮らしていて、何かあると実家のある中野に帰り、お父さんの知恵を借りるというわけです。


このお父さん、定年間近の高校の国語教師なのですが、正直なところ、ミステリの探偵役としては非常に地味。
同じ北村さんの作品と比べてみても、「円紫さんと私」シリーズの探偵役である円紫さんが人気落語家であり、華やかなスポットライトを浴びる存在であるのに対して、「中野のお父さん」は腹の出たおじさんで、華があるとは言い難いです。
とはいえ、博識ぶりや洞察力は決して円紫さんに劣ってはいません。
国語の先生ですから文学方面に明るいのはもちろんのこと、現場にいたわけでもないのに美希の話を聞いただけで、鮮やかに謎を解明してしまうひらめき力が際立っています。
言うまでもなく読書家で、家にはたくさんの本がありますが、美希に必要な本をすぐに持ってきて差し出すことから、記憶力がよく整理整頓も得意だと思われます。
こんな知的なお父さん、そりゃあ頼りたくもなるなぁと、美希がうらやましくなりました。


そんな知的な「中野のお父さん」の娘である美希は、出版社に就職したのはもちろんお父さんの影響あってこそだと思いますが、大学は文学部かと思いきや体育学部出身だというのが意表をついていて面白いです。
本作は連作短編集ですが、その中のいくつかでは、美希が体育会系であるという設定が活かされて、マラソン大会に参加する話や中学校のバスケットボール部のコーチを引き受ける話などが出てきます。
かと思えば北村さんらしい文学論的な話もあったりして、文化系と体育会系、静と動が入り混じった感じがとてもバランスがとれていて好印象でした。


バランスがいいと言えば、美希とお父さんの関係もそうですね。
これが高校生の娘と父親とかだったりすると、娘の方はまだまだ父に対する反発もありそうですが、美希はすでに社会人であり、実家を出ていることもあって、お父さんとは反発するでもなくべたべたするでもない、程よい距離感を保っています。
大人になったといっても、まだまだ若い美希に、いろいろ助言したり教えたりするお父さん。
きっとこれは、すべての「お父さん」にとって、娘との理想的な関係なのではないでしょうか。
娘が独立しても時々は実家に帰ってきてくれて、いろんな話をして、自分の知識と経験で娘を助け、導いて。
もしかすると、北村さん自身が「こういう父でありたい」という理想を投影したのが「中野のお父さん」なのかもしれない、と考えると微笑ましくて気持ちがなごみました。


収録されているどの短編も面白かったですが、一番気に入ったのは最後に収録されている「数の魔術」でした。
美希がコーチを務める中学校のバスケ部を勝たせるために取った意外な「作戦」に、感心しきり。
それから、人間の欲深さが垣間見える「茶の痕跡」も、ちょっとダークな読み心地が他の収録作とは違った雰囲気で楽しめました。
派手さはないけれど、北村さんらしさが存分に味わえる短編集で、ぜひシリーズ化してさらなる「中野のお父さん」の名推理を読ませてほしいと思います。
☆4つ。