tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ほうかご探偵隊』倉知淳


ある朝いつものように登校すると、僕の机の上には分解されたたて笛が。しかも、一部品だけ持ち去られている。――いま五年三組で連続して起きている消失事件。不可解なことに“なくなっても誰も困らないもの"ばかりが狙われているのだ。四番目の被害者(?)となった僕は、真相を探るべく龍之介くんと二人で調査を始める。小学校を舞台に、謎解きの愉しさに満ちた正統派本格推理。

ジュブナイルミステリ叢書、講談社ミステリーランドの1冊として刊行された作品です。
子ども向けのミステリ入門書として書かれただけあって、さすがに読みやすさは抜群。
ですが子どもだけではなく、大人、それもミステリを読み慣れている人であっても、十分に楽しめるだけのクオリティがありました。


主人公は江戸川乱歩などのミステリ好きの小学校5年生。
もうこの時点で、そういえば私も小学5年生の頃江戸川乱歩作品読んでたな、ととても懐かしい気持ちになりました。
そろそろ大人向けの本にも手を出してみようか、なんてところも私と同じ。
きっと作者の倉知さんご自身が同じ経験をしてこられたんだなと思うと、一気に親近感がわきました。
そんなミステリ好きで好奇心旺盛な子どもたちが、学校内で起こった不思議なできごとの謎を解くという「探偵ごっこ」のお話が面白くないわけありませんね。
しかもその「探偵ごっこ」が、推理の過程の基本をしっかり押さえていて、なかなか本格的なのです。
起こったできごとの意味を探るのに、起こった順番がカギになっているのか、何か暗号的なメッセージが隠されているのか、全てのできごとが同一犯によるものなのか、何か手がかりになるような事柄を目撃した人はいるのか、犯人の動機は何なのか――などなど、ひとつずつ丁寧に可能性を挙げて、仲間たちで話し合って、検証して、ありえない推理をつぶしていく。
そうやって少しずつ少しずつ真相に近づいていく過程が、派手なことが起こるわけでもない地味なストーリーにもかかわらず、また探偵役が全員小学生であっても、十分頭脳ゲームとして面白いのです。


そんな楽しい探偵ごっこの結果、導き出される真相がこれまた面白い。
しっかり伏線も回収して、どんでん返しも仕込むという、本当に面白いミステリのお手本のような展開が待っています。
事件そのものはあっさりとした描写で、事件の調査や推理、そして最後の解決編にほとんどのページを割いているのがいいですね。
作者の、子どもたちにミステリの楽しさを知ってもらうんだ、という意気込みがありありと伝わってきます。
真相は「なんだ、そんなことだったのか」といささか拍子抜けする部分もありましたが、探偵役の龍之介くんがいい味を出していて、大人の読者としては「この子なかなかやるな」とにんまりさせられます。
そして、物語の最後の文章は、作者から読者の子どもたちへのメッセージです。
ミステリはもちろん、ミステリ以外にもこの世界に面白いお話がたくさんあって、子どもたちを待っています。
私も子どもの頃から今までに読んできたたくさんの物語を思い出して、この作品をきっかけにさらに読書の楽しみを広げていく可能性に満ちた子どもたちのことがうらやましくなりました。


もしも自分に子どもがいたらこんな本を読ませたいな、と思える素敵な作品でした。
ミステリの基本をしっかり押さえているので、大人だけれどミステリ初心者で何を読めばいいのか分からない、というような人にもおすすめできそうです。
☆4つ。

『僕と先生』坂木司

僕と先生 (双葉文庫)

僕と先生 (双葉文庫)


こわがりなのに、大学の推理小説研究会に入ってしまった「僕」と、ミステリが大好きな中学生の「先生」が、身のまわりで起きるちょっとした「?」を解決していく“二葉と隼人の事件簿”シリーズの第2弾。前作『先生と僕』同様、ふたりの活躍に加え、ミステリガイドとしてみなさんを愉しいミステリの世界へと導く!

こわがりの大学生・伊藤二葉が、家庭教師先の生徒で頭の切れる中学生・瀬川隼人と、日常生活の中で遭遇した謎を解く連作短編集シリーズです。
ちなみに前作のタイトルは『先生と僕』。
本作と並べて本棚に差しておいたら、どちらが1作目だったか悩んでしまいそうな紛らわしいタイトルです。
書店で買う際にも間違わないよう気をつけないといけませんね。


タイトルの「僕」とは語り手である二葉のこと。
「先生」というのが隼人ですが、隼人の家庭教師が二葉、という関係なので、一瞬「あれ?」と思ってしまいます。
実は隼人が二葉の「ミステリの先生」というのが真相です。
相当なこわがりで、人が殺される場面が出てくる小説や映画などが大の苦手なのに、大学の推理小説研究会に入ってしまった二葉に、隼人が「怖くないミステリ」を紹介してくれます。
そのミステリは実際に現在の日本で入手できるものばかりなので、読者も二葉と一緒に隼人が紹介してくれる作品を楽しむことができる、というのがこのシリーズの最大の特徴です。
私は二葉とは違い殺人事件を扱うミステリも大好きですが、日常の謎など人が死なないミステリも大好物なので、隼人がどんな作品を紹介してくれるかが毎話とても楽しみでした。
自分の知らない作品が紹介されると読みたい本が増えるのがうれしいのはもちろん、すでに知っている作品だったとしても、「そうそう、あの作品面白かったよね」と隼人に共感できてうれしいのです。
いえ、実際のところは作者の坂木司さんへの共感なのですが、単なるブックガイドではなく小説という形で作家さんのおすすめ本を教えてもらえるのが、フィクション好きにとっては何よりうれしいことでした。


そして、本シリーズの良さは、この作品自体が「怖くないミステリ」として十分面白いということです。
安楽椅子探偵的な部分もある隼人ですが、実際に「現場」に出かけて行って謎解きの手がかりをつかむということもやっており、推理だけでなく「捜査」の面も楽しめます。
さらに、ミステリ好きにとっては隼人のミステリ論もとても興味深いです。
特に本作で隼人が語る、「日常の謎は人が死なない優しい話と思われがちだが、案外シビアで意地悪な話も多い」という言葉には、全くそのとおり!と激しく首を振る勢いで納得しました。
謎解きの結果、人間の悪意や嫌らしい一面が露わになるという話が、日常の謎ミステリには案外多いと思います。
そして、本シリーズ自体がそういうタイプの作品なのです。
本作でも大学生の就職活動やごみ問題など、社会的なテーマに斬りこんでおり、まるっきりの悪人は少ないものの、ちょっと嫌な感じのする人物がたびたび登場します。
かなり苦みのある味わいの物語が多いのですが、それでも読後感が悪くないのは、二葉と隼人の人柄のおかげでしょうか。
しっかりしすぎなくらいしっかりしている隼人の中学生らしい一面にほっこりさせられたり、隼人とは逆に大学生にしてはちょっと頼りない感じが否めない二葉の、心優しい性格にほっとしたり。
ふたりともこれからたくさんの人に出会い、たくさんの本を読んで、まっすぐ成長していってほしいななどと、保護者のような気持ちになりました。


本作には、最初の話から最後の話まで共通して登場する「怪盗」のようなちょっと謎めいた女の子が出てきます。
彼女のもっと詳しい人となりや、二葉との関係が気になるので、ぜひ3作目を出していただきたいです。
続編が出るとしたらタイトルがどうなるかも楽しみ。
☆4つ。


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『トオリヌケ キンシ』加納朋子

トオリヌケ キンシ (文春文庫)

トオリヌケ キンシ (文春文庫)


「トオリヌケ キンシ」の札をきっかけに小学生のおれとクラスメイトの女子に生まれた交流を描く表題作。ひきこもった部屋で俺が聞いた彼女の告白は「夢」なのだろうか?(「この出口の無い、閉ざされた部屋で」)。たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても、出口はある。かならず、どこかに。6つの奇跡の物語。

加納さんお得意の「日常の謎」と、病気やその後遺症などというテーマを組み合わせた短編集です。
一応、ちょっとだけ連作にもなっている……かな。
ノンシリーズは久々でしたが、加納さんの作品はやっぱりいいなぁと改めて思いました。


何よりよかったのは、この作品が加納さんだからこそ書けた作品だということです。
まず日常の謎ミステリとして、しっかり面白い。
この土台がなければ、後に述べる病気というテーマもそれほど心に響かなかったかもしれません。
帯やあらすじなどにも、特にミステリだとかそれを連想させるような言葉はなかったので、最初はミステリと思わずに読んでいました。
ですからミステリだと気付いたときはとてもうれしかったです。
謎の提示がさりげないので謎と思わないまま読んで、後から「あっ」と思わせる。
その手法が見事で、普段ミステリを読まない人だったら、ミステリと意識しないまま読み終わってしまいそうです。
特に意識せずに普通に小説として十分楽しめる作品でありながら、ミステリファンも満足させてくれます。


そして、本作の一番のテーマであり、ミステリ部分の鍵ともなる、病気のことについてですが、これはもう、加納さんご自身の経験や作風とこれ以上合うテーマはないのではないかというぐらいです。
本書に収録の各短編には、さまざまな病気や後遺症に苦しむ人々が登場します。
誰もが知っているような病気もあれば、ちょっと珍しいものもあって、勉強にもなりました。
病気というのは誰にとっても避けられるものなら避けたい、極力無縁でありたいと思うものだと思います。
ですがどんなに予防に気を付けて健康管理を心掛けていたとしても、かかる時にはかかってしまう、そんな理不尽さがつきまとうのが病気というものです。
理不尽だからこそ肉体的だけでなく精神的にも苦しみとなる。
その苦しみから人を救ってくれるのはもちろん医療ですが、もう一つ重要なのは、その病気や症状に対する理解なのだなと、本作を読んで気付かされました。
患者本人だけではなく、周りの人もしっかり患者の病気や症状を理解し、患者の苦しみに寄り添うこと。
それが何よりも患者を救うのです。
このことは、加納さんご自身が急性骨髄性白血病を患われた経験から得た、何よりの実感なのだろうと思います。
最終話の「この出口の無い、閉ざされた部屋で」には加納さんの経験に基づく展開、そして描写が満載で、涙なしでは読めませんでした。
また同時に、せっかく珍しい病気を経験したのだからその経験を活かした作品を書こうという、加納さんのしたたかさというか、命の強さを感じて、余計に泣かされました。


病気で苦しんでいる人の姿に直面するのは、たとえ小説の文章であっても辛いものです。
でも加納さんはしっかりそこにあたたかい手を差し伸べてくれる。
どうしようもない理不尽な悲しいことからも目をそらさずにきちんと描きながら、それでもきっと救いはある、という優しい希望に胸がいっぱいになりました。
☆5つ。


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