tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川恵海


ブラック企業にこき使われて心身共に衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうしたところを「ヤマモト」と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで?気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった―。スカっとできて最後は泣ける、第21回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞”受賞作。

今月末に公開予定の映画の原作本です。
映画は観るかどうか分からないけれど、とりあえず原作を読んでみよう……というのは本好きにはよくあるパターンかもしれません。
この作品もタイトルだけは知っていたのですが、映画化という話がなかったら読んでいなかったかもしれないと思うので、映像化やメディアミックスはやはり宣伝効果が大きいんだなと思います。


さて、今話題の「働き方改革」にも大きく関わってくるこの作品、実にタイムリーな内容だと思うのですが、個人的には読むのに少々不安もありました。
というのも、感情移入しすぎそうな気がしたから。
本作の主人公・青山隆は、中堅どころの印刷会社に就職した新人サラリーマン。
まだ社会人として経験不足の隆は、尊敬できる優しい先輩・五十嵐に助けられながら必死で営業職の仕事をこなそうとするも、激務と長時間勤務で睡眠時間を削り、パワハラ上司に怒鳴られ罵倒される日々に疲弊し、ある日駅でフラフラと線路に身を投げそうになります。
そこを助けてくれたのが、「ヤマモト」と名乗る男。
小学校の頃の同級生だというヤマモトと、隆は食事をしたり一緒に買い物をしたりする友人関係になっていきます。
けれどもヤマモトは実は同級生でないことが分かり、彼の正体を疑問に思った隆がインターネットで彼の名前を検索すると、思わぬ事実が判明し――というストーリー。
私自身、新卒で就職した会社では、長時間労働パワハラに苦しんだので、隆の気持ちが手に取るようにわかって、やはりちょっと苦しい気持ちにはなりました。
ただ、もう辞めてからかなり経つので、それほど感情移入しすぎずに済んだようで、わりと冷静に読めたかなと思います。
重い内容ながら、ラノベならではの軽さがあったのがよかったです。
隆の苦しみに同情したり自分自身と重ねあわせたりしながらも、さらっと読めました。


この作品を読んでいて気づいたのは、心と身体が疲れて余裕がなくなってくると、思い込みに囚われて他の考え方ができなくなる、それが一番の問題なんだなということでした。
主人公の隆の場合、親という存在を忘れてしまっています。
いわゆる毒親というのではなく、ごく普通の親ならば、離れていても子どもの身を案じているもの。
子どもに何かあったら一番悲しみ、苦しむのは親であり、たとえ恋人がいなかったり友達が少なかったりしても、自分を想ってくれる存在がいないわけではないのだという当たり前のことを、隆は意識の外に追いやってしまっていて、自分のことしか考えられなくなっています。
そして、せっかく正社員として就職できたのだから、簡単に辞めてはいけないと思い込んでいます。
世の中にはたくさんの会社や仕事や働き方があって、ひとつの職にこだわる必要などないのに。
辛いのに我慢して働き続けたところで、会社がその頑張りに報いてくれる保証などどこにもない時代なのに。
ですが、きっと、隆だけではなく、ブラック企業で働く多くの人がそんなふうになってしまっているのではないでしょうか。
もう少し余裕があれば本人にも分かるはずなのに、追いつめられて疲弊して余裕がないために気付けない、そんな場合はどうすればいいかというと、本作のヤマモトのように、周りにいる人間が気付かせてあげるべきなのでしょう。
今の私は幸いなことに心身ともに余裕がある状態です。
一番大切なものは何なのか、大切なものを大切にするためにどうするべきなのか、気付けないで辛そうにしている隆のような人がもしも周りにいたら、私もヤマモトと同じように救う努力をしたいと思いました。


疲れ気味の人でもさらりと読める作品なので、ぜひ多くの働く人に読んでほしいなと思いました。
映画では隆の憧れの先輩・五十嵐が女性に変更されているんですね。
その変更がどんなふうに作用してくるかが気になります。
原作の五十嵐は、ちょっと……なキャラクターでしたからね。
☆4つ。

『有頂天家族 二代目の帰朝』森見登美彦


狸の名門・下鴨家の矢三郎は、親譲りの無鉄砲で子狸の頃から顰蹙ばかり買っている。皆が恐れる天狗や人間にもちょっかいばかり。そんなある日、老いぼれ天狗・赤玉先生の跡継ぎ“二代目”が英国より帰朝し、狸界は大困惑。人間の悪食集団「金曜倶楽部」は、恒例の狸鍋の具を探しているし、平和な日々はどこへやら…。矢三郎の「阿呆の血」が騒ぐ!

京都を舞台に狸と天狗と人間が入り乱れて大騒ぎの楽しいファンタジー作品、『有頂天家族』に続編が登場しました。
前作は7年も前の作品で、忘れた頃に続編が出たというよくある (?) パターンですが、実は三部作の予定だったとのことですので、本作は第二部ですね。
前作と同じような狸界のドタバタ騒ぎを描きつつ、強烈な個性の新キャラクターが登場したり、人間関係……じゃなくて狸関係にもいろいろな変化が出てきたりと、さらにパワーアップした物語が非常に面白かったです。


真面目でお堅いけれど怒りが頂点に達すると虎に変身してしまう長男・矢一郎、蛙と化して井戸の底に引きこもっている次男・矢二郎、狸界のあれやこれやの騒ぎに首を突っ込む三男にして本シリーズの主人公・矢三郎、そして偽電気ブラン工場で科学実験 (?) に勤しむ四男・矢四郎。
この下鴨家4兄弟がとても好きです。
それぞれ違う個性を持っていますが兄弟の絆は固く、騒動が起こるたびに助け合っている様子にほのぼのします。
今回は長男の矢一郎におめでたい話が持ち上がるのですが、お相手の南禅寺玉瀾がこれまた素敵な狸でした。
矢一郎と玉瀾が、将棋盤に向かい合うばかりでなかなか関係を進められないのがなんとももどかしくて不器用で可愛いのです。
主人公の矢三郎も、元許嫁の海星との間に進展が――?
と思いきや、やっぱりこのシリーズの真のヒロインは弁天様なのかな、と思える展開になっていくので油断がなりません。
意外にもラブコメとしても楽しめました。


でも、やっぱり「有頂天家族」シリーズの真骨頂は、ドタバタ大騒動にあります。
叡山電車が京都の夏の夜を飛ぶ場面、そしてそこで起こる夷川家とのひと悶着は特にワクワクしながら読みました。
狸が化けた電車が空を飛ぶなんて、想像するだけで楽しくなります。
有頂天家族」は二度にわたってアニメ化されていますが、特にこの場面はアニメ向きでしょうね。
荒唐無稽で、ファンタジックで、賑やかで楽しい。
どこかスタジオジブリの作品にも通ずるところのあるような、そんな世界観の中で、私も偽叡山電車に乗って五山の送り火を鑑賞してみたくなりました。
また、下鴨家と夷川家の歴史的和解からの再対決、二代目と弁天の天狗大戦と、バトルシーンも充実しています。
狸と天狗と人間による激しい化かし合いと騙し合いは、愉快で爽快でちょっぴり恐ろしくて、思わぬどんでん返しもあったりなんかして、最後まで飽きることがありませんでした。
「毛深くも不毛」のような言葉遊びも楽しく、京都のみならず有馬温泉や琵琶湖や四国やとあちこちで活発に活動する狸たちの物語を読んでいると、本当に人間に化けた狸が各地の人混みの中に交じっているのかも、と思えてきます。


ラストの切なさは何とも言えません。
阿呆な大騒動を描く作品だと思っていたら、思わぬシリアスな雰囲気で幕が閉じたので少々びっくりしつつ、続編が楽しみにもなりました。
森見さん、次は7年も待たせないでくださいよ!
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

5月の注目文庫化情報


5月になり、過ごしやすい季節になりました。
今月は東野さんの新刊が!
大好きな「学生アリス」シリーズの新刊もうれしいです。
あと、梨木さんの『冬虫夏草』って『家守綺譚』の続編ですよね。
『家守綺譚』、好きだったのでうれしいのですが、読んだのがだいぶ前なのでもうかなり忘れてしまっているなぁ……。
今月もマイペースで読書していきます!