tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

5月の注目文庫化情報


5月になり、過ごしやすい季節になりました。
今月は東野さんの新刊が!
大好きな「学生アリス」シリーズの新刊もうれしいです。
あと、梨木さんの『冬虫夏草』って『家守綺譚』の続編ですよね。
『家守綺譚』、好きだったのでうれしいのですが、読んだのがだいぶ前なのでもうかなり忘れてしまっているなぁ……。
今月もマイペースで読書していきます!

『ホリデー・イン』坂木司

ホリデー・イン (文春文庫)

ホリデー・イン (文春文庫)


元ヤンキーの大和と小学生の息子・進の期間限定親子生活を描いた「ホリデー」シリーズ。彼らを取り巻く愉快な仕事仲間たち、それぞれの“事情”を紡ぐサイドストーリー。おかまのジャスミンが拾った謎の中年男の正体は?完璧すぎるホスト・雪夜がムカつく相手って??ハートウォーミングな6つの物語。

突然自分の前に現れた息子に戸惑い、素直になれない元ヤンキーのホスト・大和と、家事万能でしっかり者の小学生・進の、ぎこちない親子関係が微笑ましい「ホリデー」シリーズ。
『ワーキング・ホリデー』と『ウインター・ホリデー』でこの親子の魅力に取りつかれた人にはうれしい番外短編集が、この『ホリデー・イン』です。
「ホリデー」シリーズは脇役の魅力も大きいのですが、本作はその脇役たちこそが主役。
ファンにとってはたまらない作品集だと思います。


雪夜やナナなど、シリーズの登場人物たちのこれまで描かれることのなかった内面に迫っていて、それぞれの人物を深く知れてもちろんうれしいのですが、本作についてはただただ、「ジャスミン最高!」の一言に尽きます。
ジャスミンとは、大和が働くホストクラブのおかまのママさん。
親から受け継いだ不動産業も営んでいるというやり手の実業家の側面もあります。
収録されている6編のうち、「ジャスミンの部屋」「前へ、進」「ジャスミンの残像」の3編がジャスミンメインの話です。
「前へ、進」は厳密にはタイトル通り進視点の物語なのですが、登場するジャスミンが本当に素敵で、語り手の進と一緒にじんわりと泣けてきました。
とにかく、一本筋が通っていてぶれないところがかっこいいんですよね。
性的マイノリティとしてきっと辛い思いもしてきたのだろうし、苦労の多い人生を強いられてきたかもしれない、でも、だからこそ強い信念を持ち、その一方で情に厚いところもある人なのです。
どこか危なっかしい大和と、しっかり者とはいえ小学生の進をあたたかく見守り、導き、背中を押すジャスミンの懐の深さ、愛情の深さに、ほっこりと心が温まりました。
特に「ジャスミンの残像」で描かれる、ジャスミンと大和の出会いの物語がよかったです。
「ホリデー」シリーズ本編は大和視点なので、今回初めてジャスミン視点の物語を読んでジャスミンの大和に対する気持ちを知って、ますますジャスミンのことが好きになりました。


そんなふうに「ジャスミン最高!」な1冊ではあるのですが、もちろん他の話も楽しく読みました。
「前へ、進」での、進が大和に会いに行くことになるまでの経緯と、一生懸命前へ進んでいこうとする進の姿はなかなか泣けました。
「大東の彼女」では大東と元・女子プロレスラーの武藤さんとの関係にエールを送りたくなるし、「ナナの好きなくちびる」ではナナのちょっと苦い過去に胸がギュッとなった後、現在のナナが発する言葉にほっとさせられました。
6つのお話全てどれも読後感がよく、あたたかい気持ちになれます。
ただ、本編シリーズはできる限り読んでからの方がいいかもしれません。
巻末解説の藤田香織さんが丁寧に本編とのつながりを説明してくださっていて、本編も再読したくなりました。
☆4つ。
ところで坂木司さんは今年作家生活15周年だそうで、今年中にあと3作の文庫化が予定されているとのこと。
全て楽しみです。
「ホリデー」シリーズとはまた違った味わいの作品にも期待しています。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
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『空飛ぶタイヤ』池井戸潤


走行中のトレーラーから外れたタイヤは凶器と化し、通りがかりの母子を襲った。タイヤが飛んだ原因は「整備不良」なのか、それとも…。自動車会社、銀行、警察、記者、被害者の家族ら、事故に関わった人たちの思惑と苦悩。「容疑者」と目された運送会社の社長が、家族・仲間とともに事故の真相に迫る。圧倒的感動を呼ぶエンターテインメント巨編!

あらすじを読んで面白そうだとずっと思っていたにも関わらず、読む機会のないまま来てしまっていた本作。
先日、TOKIOの長瀬くん主演で映画化との報を見て、これはよい機会だと思い早速書店で買い求めました。
講談社文庫版は上下巻の分冊だったのですが、比較的最近出たこの実業之日本社文庫版は1冊にまとまっているのが個人的にはうれしかったです。
もちろん内容も期待通りの面白さで大満足でした。


走行中の大型トラックから突然外れて宙を飛んだタイヤが、たまたま通りがかった母子を直撃、子どもは軽傷で済んだものの、母親が死亡。
そんな事故を起こしてしまった赤松運送の二代目社長・赤松が、事故原因を「整備不良」とした大手自動車メーカー・ホープ自動車に対し、真の原因はホープ自動車の欠陥でありリコール隠しがあるのではないかと疑い、名門大企業に立ち向かっていくというストーリーです。
おや、どこかで聞いたことのあるような話だな、と思われる方も多いでしょう。
登場する企業名や事故の顛末などは本作のオリジナルですが、実際に起こった三菱自動車リコール隠し事件をモデルにしていることは明白です。
それだけに、エンターテインメント性の高い小説でありながら、まるでノンフィクションを読んでいるかのようなリアリティがあります。
実際にこのような惨い事故が起こり、日本人なら知らない人はいないほどの有名企業の一大不祥事事件に発展したということを念頭に置いて読んでいると、より作中の人物に感情移入でき、赤松運送の人々や被害者の遺族に同情したり、ホープ自動車の社員たちの驕った態度に腹を立てたりと、心が忙しい読書になりました。
特に事故で亡くなった母親の旦那さんや子どもが登場する場面は、そのたびに泣かされました。
赤松が思うように進まないホープ自動車との交渉や資金繰り悪化に苦しみ、さらには家庭人としても困難に直面し、どんどん追い詰められていく様にはこちらも胸が痛くなります。


ですが、ホープ自動車の方も一方的に悪者として書かれているわけではありません。
リコール隠しという不正があったのは確かで、自社製トラックの欠陥を知りながら事故の責任を否定し続け、赤松運送を完全に馬鹿にした態度を取る幹部たちには許せないという気持ちになりますが、一般の社員たちについては大企業で働く難しさも描かれており、中小企業と大企業の違いについて考えさせられます。
ビジネス用語には本文中でしっかり解説がされていて、実務経験が乏しい読者にも配慮されているのは『下町ロケット』と同じです。
つまり、何が言いたいかというと、これから就職活動をする学生さんにお薦めしたい作品だということです。
大企業、中小企業、どちらがいいとも悪いとも、一概には言えない。
私も大企業と中小企業両方で就業経験がありますが、全く違っている部分もあれば、共通している部分もたくさんあります。
どんな環境にいても、社会人としてどうあるべきか、人間としてどう仕事に向き合うべきかということについては、そう大きな違いはないのではないでしょうか。
本書にはそういうことが描かれていると思うのです。
次々と困難に見舞われ、何度も折れそうになりながらもそのたびになんとか立ち上がり、従業員や家族を守るため自分のなすべき仕事に必死に取り組んでいく赤松の姿は、経営者としてだけではなく、社会人としての一種の理想だと言えます。
もちろん、すでに社会人経験の長い人が初心を思い出すためにもよい作品だと思いますし、つまりはすべての「働く人」が読むべき作品なのではないかと思います。


800ページを超える大長編でしたが、それほど長さを感じることもなく最初から最後まで楽しく読めました。
もちろん長さに応じた読み応えもたっぷりで、心から読んでよかったと思える作品でした。
☆5つ。