tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

4月の注目文庫化情報


新年度が始まった途端、仕事が忙しくなってきました。
まぁこの時期は年度末に引き続き慌ただしい季節ですよね。


そんな中、4月の文庫新刊はなかなかバラエティに富んだラインナップでうきうきしています。
まず『有頂天家族』は1作目が面白かったので続編も絶対に読まなくちゃ。
坂木さんの「ホリデー」シリーズも大好きです。
そして何と言っても毎年4月のお楽しみ「東京バンドワゴン」シリーズ!
さらに話題作「きみすい」が早くも文庫化なんですね。
ゴールデンウィークに向けて (気が早い?) 面白い本をたくさん仕入れないと。
書店に行くのが楽しい1か月になりそうです。

『絶叫』葉真中顕

絶叫 (光文社文庫)

絶叫 (光文社文庫)


マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ…。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!?ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作!

デビュー作『ロスト・ケア』が話題を呼んだ葉真中顕さんの2作目です。
非常に分厚い本ですが、先が気になって一気に読ませるリーダビリティの高さは前作と同じ。
まだ新人作家なのに安定したクオリティの作品を連続して出せるというのはすごいなと思いました。


都下の防音に優れたマンションで凄惨な孤独死体となって発見された女性、鈴木陽子の生涯をたどる物語です。
「鈴木陽子」という名前も平凡ですが、中身も平凡な女性。
主人公としては地味な感じですが、読み進めるにつれその壮絶な転落人生は決して平凡なものではなかったと、ある意味ショックを受けることになります。
毒親、弟の交通事故死、父の失踪、不妊、夫の浮気、離婚、ブラック企業、自爆営業、不倫、売春――。
これでもかというように陽子の身に降りかかってくる不幸の数々にめまいがしながらも、この人は一体どうなってしまうのだと気になってページを繰る手を止められないのです。
ひとつひとつを見れば、女性なら誰でもひとつくらいは経験しているか、あるいは身近に経験した人がいるだろうと思えるような「よくある不幸」ですが、それらを全部一身に背負ってしまった陽子の不幸ぶりには、胸が痛くなるというよりもただただ呆然とさせられました。
あれもこれもとちょっと詰め込みすぎな感も否めませんが、これだけの壮絶な人生を送っていれば、確かにこの結末にたどり着かざるを得ないかもしれないという妙な説得力がありました。


前作『ロスト・ケア』で介護問題について考えさせられたように、本作でも現代の日本が抱えている問題について大いに考えさせられます。
本作の文中に登場するキーワードの中で、最も印象に残ったのは「自己責任」でした。
陽子の転落人生を読んでいると、どうしてこうなってしまったんだろう、どこかで歯止めをかけ、浮上する道はなかったのかと思います。
同じことを、陽子自身も自分に問いかけるのですが、答えは見つかりません。
陽子の人生は別に誰かに強制されたものではなく、自ら選んできたとも言えるのですが、かと言ってこの転落人生を選ばずに済む道はなかったのかというと、考え込んでしまいます。
陽子は1970年代前半の生まれ、女性の社会進出が徐々に進んできてはいたものの、まだ十分ではなく、「女性に学歴や職業スキルは必要ない」と言われることもままある時代でした。
そのため陽子も特に専門的な知識や技能を身につけることもないまま、短大卒業後OLになるというごく普通の進路を歩みます。
けれども結婚に失敗し、ひとりで生きていかねばならないだけでなく、困窮した母に仕送りをしなければならなくなった、という苦境に陥ったことが、陽子の転落を加速させていきます。
果たしてこれは陽子の「自己責任」だけで片付けられることなのか。
特別なスキルや職歴を持たない女性が誰かを養えるほどのお金を稼ごうと思ったら、選択肢はおのずと限られてきます。
そして、母親と言っても自分を愛してなどくれなかった親を、子が養う義務は本当にあるのでしょうか。
生活保護のような福祉制度が、子だくさんで支え手の多かった旧来の家族制度を基本としていることも、現代にはそぐわなくなってきているのではないかと思えます。
陽子の人生とともに、バブルとその崩壊、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件911テロ、リーマンショック東日本大震災と、その時々の日本と世界の大きな出来事が語られますが、これほどの激動の時代において人の価値観や考え方も変わっていっているのに、その変化に社会制度がついていけていない部分があって、陽子のような転落していってしまう人が出てくる一因になっているのではないかと思いました。


ミステリとしても、ラストにちょっとした驚きが仕込まれており、陽子の人生が語られているパートがなぜ二人称で書かれているのかという謎が解け、すっきりする気持ちも味わえました。
救いのなさで読後感は決してよいものではありませんが、読み応えのある、濃密な読書が楽しめる作品でした。
☆4つ。



●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~』三上延


ビブリア古書堂に迫る影。太宰治自家用の『晩年』をめぐり、取り引きに訪れた老獪な道具商の男。彼はある一冊の古書を残していく―。奇妙な縁に導かれ、対峙することになった劇作家ウィリアム・シェイクスピアの古書と謎多き仕掛け。青年店員と美しき女店主は、彼女の祖父によって張り巡らされていた巧妙な罠へと嵌っていくのだった…。人から人へと受け継がれる古書と、脈々と続く家族の縁。その物語に幕引きのときがおとずれる。

大人気古書ミステリシリーズがついに完結しました。
思えばこのシリーズがきっかけとなってさまざまなお仕事系日常の謎ミステリラノベが誕生したのですから、非常に影響力の強い作品だったなぁと思います。
待ちに待った最終巻では、期待通りの大団円の結末を見せてくれました。


これまでのシリーズでは夏目漱石江戸川乱歩太宰治手塚治虫など、主に日本の作家が取り上げられていました。
最終巻はシリーズの集大成となるはずだから、やはり流れからいって日本の文豪が取り上げられるのかなと漠然と予想していたので、本の発売前に今回はウィリアム・シェイクスピアと知った時にはとても驚きました。
海外の古典というのは題材として難しいと思いますし、そもそもビブリア古書堂は洋書を扱う店ではありません。
英文科出身の私にとってはシェイクスピアはなじみのある作家ですが、一般的日本人にとっては決してそうではないでしょうし、一体この難しい題材をどう料理するのかと思っていたら、そこはさすがでしたね。
世界的にも非常に希少価値の高いシェイクスピアに関する古書を追うという、「お宝鑑定団」的な面白さとミステリとをがっちり融合させ、栞子さんが語るシェイクスピアに関する薀蓄も大いに知的好奇心をかきたててくれます。
その裏には膨大な資料や取材による綿密なリサーチがあったのだろうということが察せられ、「ライトノベル」という言葉が似合わないほどにひとつの題材を徹底的に突き詰めようとする作者の熱意に感嘆しました。
シェイクスピア初心者にも分かりやすいように、作品の書かれた時代の背景やストーリーが丁寧に栞子さんの口から説明され、思わず読んでみたいなという気にさせられます。
個人的にはシェイクスピアは悲劇ばかり読んで喜劇はほとんど読んだことがないので、本作で取り上げられている「ヴェニスの商人」を読んでみたくなりました。


もちろんシリーズ完結編として、栞子さんと大輔の関係はどうなるのかとか、栞子さんと母親との確執は、とか気になる部分にもきちんと結末をつけています。
ここ最近の巻では栞子さんの博識さや洞察力に押されるばかりの印象だった大輔が、終盤に頼もしいところを見せているのもよかったです。
自分は栞子さんに釣り合わないのではないかという不安を抱えていた大輔ですが、実際はちゃんと栞子さんと対等に付き合っていける男性だということが明確に描かれたのは、ラブストーリーとしても申し分ない結末だったのではないでしょうか。
母親とのエピソードがちょっとあっさり終わりすぎというか、少々物足りない感じがした以外はほぼ満足のいく最終巻でした。
ビブリア古書堂最大の危機を乗り越え、栞子さんと大輔の明るい未来を感じさせるラストがすがすがしいです。
また、最終巻とは言っても続けようと思えばいくらでも続けられそうな雰囲気なのもよかったと思います。
シリーズの新刊が書かれるという意味ではなく、作中世界で「これからも物語が続いていく」ということが感じられるのは、登場人物たちがちゃんと生きた人間として描けていたという何よりの証拠ですから。
今後も番外編やスピンオフで栞子さんや大輔と再会できるだろうことが作者のあとがきで明言され、ファンとしては一安心です。
とにかく下調べに膨大な時間が費やされたシリーズですから、ページ数の関係などで泣く泣く削ぎ落とさなければならなかったエピソードやネタもきっとたくさんあることでしょう。
それらが読めることを楽しみにしています。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp