tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『自薦 THE どんでん返し2』


流行作家のマンションに集まった、同級生男女たちの思惑は?閉店してしまった地方書店。出版社の若手営業マンは割り切れなかった…。大学の同好会で熱心に絵画制作に打ち込む彼女。同学年の僕は彼女の情熱に…。学園祭で催された降霊会。何か企みがあるのではないか…。路線バスの降車ボタンをめぐる乗客同士の謎の競争。勝者は誰だ?逆行性健忘症で警察に保護された男には、二人の妻がいた!?六編のどんでん返しが、あなたを離さない。

タイトル通り「どんでん返し」をテーマに編まれたアンソロジーです。
実はこの本、積読本がなくなり、読みたいタイトルの発売もまだということで穴埋め的に購入したのですが、よく見るとタイトルに「2」とある……。
第一弾もあったのですね。
まぁアンソロジーですから読む順番は関係ないと思うので、第一弾の方も書店で見かけたら買ってみようと思います。


収録作家は、乾くるみさん、大崎梢さん、加納朋子さん、近藤史恵さん、坂木司さん、若竹七海さんの6名。
パッと見では女性作家ばかり集めたのかと思いましたが、少なくとも乾くるみさんは男性ですね。
坂木司さんは性別非公表だったと思います。
どの作家さんもいくつかの作品を読んだことがあり、私にとっては比較的なじみのある作家さんばかりで安心感があったのが、本作を選んだ理由です。
6作品中2作品は既読でしたが、それでも十分に楽しめるアンソロジーでした。


「どんでん返し」というくらいですから大きな驚きがあることを期待しますが、実際のところは全部短編ということもありそれほど驚かされた作品というのはありませんでした。
やはりじっくり積み上げられてきたものがドンッと一気に覆される、というような長編ものの方が「どんでん返し」のインパクトは大きいですね。
それに比べるとどうしても小粒にはなってしまいますが、題材が工夫されていたり、意外な展開が用意されていたりと、どれもなかなか面白かったです。
「どんでん返し」というテーマに一番沿っていそうなのは近藤史恵さんの「降霊会」でしょうか。
なるほどこういう真相か、と思った先にさらにもう一つの真相が明かされるという、まさに「どんでん返し」の展開がきれいに決まっていました。
また、善意とは、悪意とは何かを考えさせられる作品でもありました。
高校の学園祭が舞台で、青春ミステリかなと思っていたらとんでもない、なかなかにブラックな味わいもある作品でした。


乾くるみさんの「同級生」は、結末が同じ作者の「セカンド・ラブ」を想起させます。
ちょっとゾクッとするような展開がよかったです。
大崎梢さんの「絵本の神さま」と加納朋子さんの「掌の中の小鳥」は既読ですが、特に加納さんの作品は読んだのがかなり昔なので、いい具合に内容を忘れていてあまり再読という感じはしませんでした。
「絵本の神さま」は地方の小さな書店が置かれている厳しい状況に胸が痛みますし、「掌の中の小鳥」は短いながら二部構成で読み応え十分。
どちらも短編とは思えないほどの密度の濃い物語でした。
坂木司さんの「勝負」は、バスの車内での降車ボタンにまつわる乗客同士の駆け引き勝負、という題材が非常に面白いと思いました。
ショートショートと呼べるくらい短い作品ですが、そこにはきちんとドラマがありよかったです。
若竹七海さんの「忘れじの信州味噌ピッツァ事件」は刑事ものですが、刑事たちの個性がユニークで楽しい作品でした。
登場する食べ物がどれもおいしそうで、特にタイトルにもなっている信州味噌ピッツァはぜひ食べてみたいです。


穴埋めといっても十分満足できるクオリティのアンソロジーでした。
気軽にミステリを楽しみたいという人にはぜひお薦めします。
☆4つ。

『火花』又吉直樹

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)


売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。第153回芥川賞受賞作。芥川賞受賞記念エッセイ「芥川龍之介への手紙」を収録。

言わずと知れた話題作でベストセラー。
芸人として初めて芥川賞受賞作家となったピースの又吉直樹さんの処女小説です。
主催者側に話題作りの意図も多少はあったかもしれませんが、デビュー作で芥川賞を獲るというのは素直にすごいことだと思います。
テレビドラマ化に続き映画化も発表され、待望の第二作も予告されて、今再び話題が盛り上がっている中でタイムリーな読書ができました。


私は純文学が得意とは言えないので、本作に関しても読み始める前は少し身構えていた部分がありました。
ですが、ふたを開けてみれば、多少難しめの語彙が一部使用されている以外は文体が特に難解ということもなく、内容的にもある青年の芸人生活を綴ったもので、自分が住む世界とは違ってはいても、馴染みづらいということもなくて思った以上に読みやすかったです。
おそらく又吉さん自身の経験もふんだんに盛り込まれているのでしょう。
主人公の徳永の芸人としてのものの考え方も様々な感情も、とてもリアルなものとして伝わってきました。
地の文が徳永の一人称で書かれているのですが、芸人としての又吉さんをテレビを通して知っているだけに、どうしても又吉さんを重ねあわせ、又吉さんの口調で読んでしまいます。
その読み方が正しいのかどうかは分かりませんが、この作品は小説という形をとって又吉さん自身の芸人という職業に対する想いを語っているのは間違いないのではないかと思います。


又吉さん自身と違うのは、徳永が売れない芸人であることでしょうか。
最終的には多少は売れて、テレビ番組にも出るようになる徳永ですが、芸人一本でやっていけるほどではありません。
意欲はあっても、観客に届かないというもどかしさ、人を笑わせるということの難しさに直面する中で、あるイベントで出会った先輩芸人の神谷を慕うようになったのは、芸人を続けていく大変さや自分の将来に対する不安をひとりでは背負いきれないからでしょうか。
どんな世界でもプロとしてやっていくのは困難もつきまとうことですし、精神的な支えは必要です。
それが徳永にとっては優しくて面倒見のよい神谷だったというのは理解できる気がします。
もちろん同じ芸人である以上ライバルでもあるわけですが、それでも芸人同士だから理解しあえる部分があって、助け合ってこそやっていける部分も多いのだろうと思いました。
コンビ解散を決意した徳永が、最後の漫才で自分の想いをネタに乗せて吐露する場面は不覚にもじんと来ました。
考えてみれば芸人に限らずどんな職業でも、周りの人の協力や理解があってこそやっていけるのは同じです。
だからこそこの作品は多くの人の共感を得て支持されたのだろうと思いました。


あまり純文学は読まないのですが、たまにはいいものですね。
受賞記念エッセイの「芥川龍之介への手紙」もよかったです。
又吉さんのことはこれまで特に好きでも嫌いでもなかったのですが、本作を読んで芸人の仕事に真摯に向き合っている人であることが伝わってきて、好感度が上がりました。
おそらく、作家の仕事に対しても真摯に取り組んでいかれることと思います。
楽な道ではないかもしれませんが、今後も芸人と作家の両輪で活躍されることを期待しています。
☆4つ。

『聖なる怠け者の冒険』森見登美彦

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)


社会人2年目の小和田君は仕事が終われば独身寮で缶ビールを飲みながら「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改訂して夜更かしをする地味な生活。
ある朝目覚めると、小学校の校庭でぐるぐる巻きにされ、隣には狸のお面をかぶった「ぽんぽこ仮面」が立っていて……ここから「充実した土曜日の全貌」が明らかになる--。
著者3年ぶりの長編小説の文庫化!

朝日新聞で連載していたときに読んでいたのでいいかな、と一旦は文庫化をスルーしていたのですが、やっぱり読みたくなって購入。
そうしたらけっこう大幅な改稿がされていたので、意外にも新鮮な気分での読書となりました。
単行本の時点で連載時のものからはだいぶ書き直されていたようですが、そこからさらに文庫化に際して改稿されたとのことで、都合3種類の『聖なる怠け者の冒険』が存在することになるのですね。
全てを読み比べてみるのも面白そうですが……新聞連載版は今となっては入手が難しいかな。


内容的にはいつもの森見ワールド全開。
だらだらと休日を過ごすのが好きな怠け者の小和田君が、祇園祭宵山を迎えた土曜日の京都で、正義のヒーロー「ぽんぽこ仮面」に「自分の跡継ぎになれ」と迫られ冒険を繰り広げるというストーリーです。
……と、一文にまとめてしまうと訳が分からないですね。
実際、特に何か高尚なテーマがあるとか、涙と笑いの感動巨編だとか、そういった小説では全くないのです。
個性的な登場人物たちが、荒唐無稽なファンタジー的世界でわちゃわちゃやっている、そういう物語なのですが、これが非常に強い吸引力を持っていて、ぐいぐいと読まされてしまいます。
かなり馬鹿馬鹿しいようなことでも硬めの文体で大真面目に語るというアンバランスさに妙なおかしみと魅力があり、ハマると抜け出せません。
私はこの魅力に『夜は短し歩けよ乙女』でとり憑かれてしまい、その後ずっと森見作品を追い続けていますが、本作は久しぶりの長編で存分にその魅力を堪能することができ、とても楽しい気分になりました。


個人的にうれしいのは舞台が京都であり、京都生まれの私がよく知っている場所がたくさん登場するということです。
四条やら烏丸通やら新京極やらといった地名から、レストラン菊水やらイノダコーヒやらといったお店まで、京都人にはおなじみの固有名詞が続々登場します。
京都の街がかなり詳細に描かれているので、土地勘のある人なら小和田君の冒険が繰り広げられる舞台を鮮明に頭に思い浮かべることができ、臨場感たっぷりに物語を追うことができるのです。
こういうのはやはり読者にとってはたまりませんね。
また、森見作品の愛読者ならば『有頂天家族』や『宵山万華鏡』とのつながりが作中随所に見つけられるのもうれしいところ。
うごうごする丸い毛玉=狸や、赤い浴衣を着た女の子など、独特のファンタジー的キャラクターが登場するだけで、ああ、本作の京都は他の森見作品の京都と同じ京都だ、と思えて愉快な気持ちになるのです。


タイトル通りの怠け者である小和田君と、「充実した土曜日」を過ごすことに全力を注ぐ恩田先輩と桃木さんのカップルとの対比が面白かったです。
休日を充実した1日にするべく手帳にみっちりと行動予定を書き出している恩田先輩が京都市内を細かく移動し続けるのに対し、主人公なのに物語の途中で眠り込んで夢の世界に行ってしまう小和田君。
私はどちらかというと休日はのんびりだらだらする方が好きなので、小和田君に共感できるのですが、怠け者とは言ってもなかなかの冒険ぶりが描かれた作品でした。
ぽんぽこ仮面の正体が明らかになる終盤からの展開はテンポもよく、楽しい気分で読み終わることができました。
☆4つ。


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