tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『炎路を行く者』上橋菜穂子

炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)

炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)


『蒼路の旅人』、『天と地の守り人』で暗躍したタルシュ帝国の密偵ヒュウゴ。彼は何故、祖国を滅ぼし家族を奪った王子に仕えることになったのか。謎多きヒュウゴの少年時代を描いた「炎路の旅人」。そして、女用心棒バルサが養父ジグロと過酷な旅を続けながら成長していく少女時代を描いた「十五の我には」。──やがて、チャグム皇子と出会う二人の十代の物語2編を収録した、シリーズ最新刊。

『流れ行く者』と同様、「守り人」シリーズの外伝です。
ちょうどNHKのドラマ「精霊の守り人II 悲しき破壊神」が始まる寸前のタイミングで読むことができてとてもよかったです。
何と言っても本作のメイン人物はタルシュ帝国のヒュウゴ。
彼は今後ドラマでも重要人物として登場するはずです。
演じるのは鈴木亮平さんだとか。
実力のある俳優さんだと思うので、楽しみです。


本作にはヒュウゴを主人公とした中編「炎路の旅人」と、少女時代のバルサを描いた短編「十五の我には」が収録されています。
どちらも読みごたえがありましたが、シリーズのファンとしてはやはり「炎路の旅人」を読めたのがとてもうれしいです。
何しろヒュウゴという人物は、本編ではそれほど登場シーンが多いわけでもない脇役のひとりなのですが、物語上の重要人物であることは間違いなく、そのエピソードも非常に印象的なのです。
それにもかかわらず、ヒュウゴという人物の来歴についての詳しいことは、本編では匂わせる程度で、ほとんど語られることなく終わってしまいました。
間違いなく作者はヒュウゴに関して深いところまで踏み込んだ設定を与えている、でも書かれなければ読者はその内容を知ることはできない――。
そのことを歯がゆく思ったファンは少なくないことと思います。
「炎路の旅人」は、そんな「お預け状態」からようやく読者を救い出してくれる物語でした。
私もいずれはきっと読めると思って、じっと待ち続けたファンのひとりです。


想像した通り、ヒュウゴの背負った過去はかなり過酷なものでした。
ヨゴ国の帝を守護する名門の武家に生まれたものの、少年時代にタルシュ帝国によって祖国を滅ぼされ、家族を失って、貧しい町人の暮らしに身を落とすこととなったヒュウゴ。
酒場で働きながら、武家で育った頃に身につけた武術でならず者としてのし上がっていきますが、自分は何をやっているのか、自分がいる場所はここではないのではないかと思い悩み始めます。
自分の将来や居場所についての悩みは、大人になっていく過程で誰でも多かれ少なかれ抱くものでしょうが、ヒュウゴのそれは祖国を征服し家族を殺したタルシュ帝国への憎しみと結びついているだけに、複雑で深いものです。
思うような生き方ができていないだけでなく、自分が望む生き方がどのようなものかすらも分からないまま、暴力の快楽に身を任せてしまうヒュウゴの姿が痛ましくて辛くなります。
そしてそれは「十五の我には」で描かれる、望むと望まざるとにかかわらず用心棒稼業に飛び込んで戦いの日々を送る少女時代のバルサの姿にも重なるのです。
ふたりの少年少女の、厳しい運命と人生に胸が痛くなりますが、それでも必死で生きて自分の道を見出していく姿が頼もしく、こうしてもがき苦しんだ時代があったからこそ、本編でチャグムを導く大人になったのだと、腑に落ちた気がしました。


「守り人」シリーズは文化人類学者である作者の上橋さんがその知識と経験を生かして緻密に作り上げた世界観が魅力の作品ですが、そこに生きる人々の姿がひとりひとり丁寧に描かれているからこそ、物語として面白いのだと再認識させられた番外編でした。
ヒュウゴの過去を知って、本編を再読したくなったのは言うまでもありませんが、まずはドラマでのヒュウゴの登場を楽しみに待っています。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
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『雪煙チェイス』東野圭吾


殺人の容疑をかけられた大学生の脇坂竜実。彼のアリバイを証明できる唯一の人物―正体不明の美人スノーボーダーを捜しに、竜実は日本屈指のスキー場に向かった。それを追うのは「本庁より先に捕らえろ」と命じられた所轄の刑事・小杉。村の人々も巻き込み、広大なゲレンデを舞台に予測不能のチェイスが始まる!どんでん返し連続の痛快ノンストップ・サスペンス。

東野圭吾さんの文庫書き下ろし雪山シリーズ第3弾が登場しました。
第2弾の『疾風ロンド』は映画化されましたね。
本作と一部登場人物が共通しているので、映画で演じている俳優さんのイメージを思い浮かべながら読むと、より物語が映像的に感じられてよかったです。


今回も舞台は雪山、シーズン真っ盛りのスキー場!
当然登場人物たちがスキーやスノーボードで雪山を滑走するシーンがたくさん登場します。
風景の雄大さ、美しさはもちろんのこと、スキーヤースノーボーダーが疾走するスピード感もしっかりと伝わってきます。
そういう意味でも非常に映像的な作品だと思います。
雪山なんて寒くてとんでもないという人もいるでしょうが、私のように普段雪になじみがないせいか雪景色を見るとテンションが上がる人間としては、活字とはいえ一面の銀世界で展開される物語にワクワクしてしまいます。
東野さんですから当然読みやすさは折り紙つき。
内容が社会派の重厚なものではなく、軽めのエンターテインメントに徹していることもあって、するすると気持ちよく読み進められます。


ただ、出版社によるあらすじ紹介が少々的外れなのが残念です。
この作品は「サスペンス」ではない、と思います。
ハラハラドキドキ感や恐怖感はあまり、いや、ほとんど感じられませんでした。
というのも、主人公の大学生が警察に追われる理由が、なんだかお間抜けで滑稽なため、緊迫感に欠けるのです。
状況証拠しかないのに被害者の犬の散歩のバイトをしていた学生を殺人犯と決めつけて、自分の面子を守るために捕まえようと躍起になる警察、というのはもちろんあえて大げさに描いてコミカルさを出しているのだと思いますが、どうにもバカっぽく思えて仕方ありません。
そんな警察から必死で逃げて、自らの無実を証明できる人を探し出そうとする大学生側も、これまた滑稽に見えてきてしまいます。
最初からコメディだと思って読めば面白いのですが、あらすじを真に受けてサスペンスミステリだと思って読むと期待外れでがっかりすることになりそうです。
また、「どんでん返し連続」という惹句にも首を傾げざるを得ません。
物語に起伏はもちろんありますし、ラストに向けて後半はちゃんと盛り上がりを見せ、意外な事実が明らかになったりもしますが、驚くようなどんでん返しが仕掛けられているわけではないのです。
東野さんのことはミステリ作家だと認識している人が多いと思いますし、得意分野のミステリ面を売りにしたいのは分からなくもないですが、この作品はコメディとしてアピールした方がよさそうだなと思いました。
スキー場にはつきもの (?) の恋愛も、前面には押し出されていないもののしっかり描かれていますし、それならば雪山を舞台にしたコメディで、ミステリ風味のスパイスも少々、ぐらいの紹介が一番この作品にはしっくりくる気がします。


作品としては悪くはないのに、出版社の売り方のせいで損をしている気がしてなりません。
案の定ショッピングサイトのレビューは軒並み低評価になってしまっています。
その点がとてももったいないですが、コメディとしてはそれなりの水準でリーダビリティも高く、この季節にこたつでぬくぬくしながらのんびり読書するにはぴったりの作品だと思います。
☆4つ。


●関連過去作品●
tonton.hatenablog.jp
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『首折り男のための協奏曲』伊坂幸太郎

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)


被害者は一瞬で首を捻られ、殺された。殺し屋の名は、首折り男。テレビ番組の報道を見て、隣人の“彼”が犯人ではないか、と疑う老夫婦。いじめに遭う高校生は“彼”に助けられ、幹事が欠席した合コンの席では首折り殺人が話題に上る。一方で、泥棒・黒澤は恋路の調査に盗みの依頼と大忙し。二人の男を軸に物語は絡み、繋がり、やがて驚きへと至る!伊坂幸太郎の神髄、ここにあり。

伊坂さんの作品には殺し屋がよく登場しますが、この作品もそんな殺し屋のひとりをメインの登場人物に据えた短編集です。
「首折り男」という名 (?) の通り、ターゲットの首を折って殺害するという、なんとも物騒で恐ろしい殺し屋ですが、話の雰囲気としてはそんなにサスペンス性があるわけでもなく、ホラーでもなく、殺人は起こるもののミステリですらなく、どちらかというとのんびりした空気感の話が多いので、怖い話が苦手な人でも安心して読めると思います。
もうひとり、黒澤という名の空き巣も登場しますが、これまた犯罪者のわりにあまり怖い雰囲気はなく、伊坂さんらしいユーモアを交えた文章のおかげで、意外と気分よく読めてしまいます。
伊坂さんの作品では「犯罪者=悪」の構図が見られないことも多いので、ミステリだと思って読むと戸惑ってしまいますが、犯罪は登場人物の特徴づけのために描かれるにすぎないのだと思って読むと、なかなか愉快な独特の世界観に浸ることができます。


ただ、収録されている短編全てに共通する人物が登場するにもかかわらず、本作は連作短編集と呼べるようなストーリー上のつながりはありません。
個人的には連作形式が好きなので、その点はちょっとがっかりしましたが、人物が共通していてもテイストの違う話が読めて、普通の短編集としては十分楽しめました。
私が一番好きなのは「僕の舟」です。
年配の女性の、若い頃の恋愛話がふたつ語られるのですが、オチがよかったです。
特にどんでん返しだとか大きな驚きがあるわけではありませんが、黒澤によって明らかにされる意外な事実ににんまりさせられました。
仕掛けの面で面白かったのは「月曜日から逃げろ」ですね。
物語の構造に気付いたときには、もう一度読み返さずにはいられませんでした。
これはもしかするとミステリと呼んでもいい作品かもしれません。
なかなか新鮮味のある仕掛けでしたし、他の作品がミステリ度低めで本作もミステリとは思わずに読んでいたので、けっこう驚いてしまいました。
「合コンの話」は既読でしたが、再読してもやはり面白かったです。
これは特に明確なオチなどはない話なのですが、合コンにおける人間模様が伊坂さんらしい視点で描かれていて楽しい作品です。


新年最初の読書は伊坂さんの短編集ということで、冒険心には欠けますがハズレなしの安心感が強い読書となりました。
読後感の悪い話もなく、すっきりと気持ちよく読み終われたので、新年にはちょうどよかったのではないかと思います。
☆4つ。